取適法で価格転嫁は進んだ?施行後の調査と、弱い立場に負担が残る理由

取適法施行後の価格転嫁と負担の行き先を、調査・指導事例・自社の対応から考えるアイキャッチ 事業目標・マーケティング戦略

「お客様の希望なので、もう一度修正してください」。仕事は増える。しかし、追加料金の話にはならない。受注を続けるために、今回も自社で吸収する。例えば、こうした取引は、法律が変わっただけで変わるのでしょうか。

2026年1月1日、下請法が改正され、取適法(中小受託取引適正化法)が施行されました。価格協議や支払いのルールは強化されています。それでも、制度への対応を進めることと、受注側が増えた負担を回収できることには、隔たりが残っています。

施行から9か月がたった今、確認したいのは制度の名称だけではありません。支払いは改善したのか。交渉はできるようになったのか。強い側の要求による負担は、今も弱い側へ流れていないか。本記事では、施行初期の企業調査、6月公表の広告業への指導、9月公表の価格転嫁調査をつなぎ、自社の受発注で見直す点を考えます。

取適法で何が変わった?価格交渉と支払いのルール

取適法は、委託取引の公正化と中小受託事業者の利益保護を目的とする法律です。改正では、適用範囲に従業員数の基準や特定運送委託が加わり、価格決定・支払いに関する規制も強化されました。

本記事の論点に関わる主な変更は、次のとおりです。

変更された点 受注側の負担との関係
協議に応じない一方的な代金決定の禁止 費用の変動などを理由に価格協議を求めても、協議や必要な説明なしに一方的に価格を決められる問題に対処する
手形払等の禁止 支払期日を迎えても現金を受け取れず、受注側が資金繰りを負担する問題に対処する
振込手数料を受注側に負担させることの禁止 合意があっても、振込手数料を代金から差し引く負担転嫁を認めない

ただし、価格協議に関する規定は、要請した値上げ額が必ず全額認められるという意味ではありません。公取委のQ&Aでは、実質的な協議を行ったかが判断の基準とされ、要請額を受け入れられない場合には、理由や根拠を十分に説明する必要があるとされています。

制度は交渉の根拠を強めていますが、個々の取引の価格や、双方の交渉力まで自動的に変えるものではありません。

施行後の調査で、取引はどこまで改善したのか

支払い条件には改善が見られるが、見込みを含む初期調査

商工中金は、2026年2月12日〜3月2日、取引先の中小・中堅企業を対象に調査し、2,168社から有効回答を得ています。そのうち受託側の影響について回答した1,038社では、次の項目が挙がりました。

発生した、または今後発生する可能性が高い影響 回答割合
資金繰りの改善 45.8%
紙手形の廃止、振込等への変更 40.9%
価格交渉の機会が増大 25.3%
価格改定による収益の安定 22.1%

出典:商工中金「中小企業における取適法の影響と取組」印刷7ページ(PDF8ページ目)。複数の影響項目についての回答で、今後の見込みを含みます。

この調査では、価格面よりも決済条件に関する変化・期待が先に表れています。手形をやめて現金を早く受け取れるようになれば、価格が同じでも資金繰りの助けになります。一方、この割合を、そのまま「すでに改善した企業の割合」とは読めません。

価格協議が増えた担当者は4割、変わらない担当者は約6割

Sansanが2026年3月11〜16日に行ったオンライン調査では、中小受託事業者で受託業務を担当する会社員743名のうち、取適法施行後に価格協議が「増加した」と答えた割合は43.2%、「変わらない」は56.8%でした。

取適法施行後の価格協議は増加43.2%、変わらない56.8%。受注担当者743名への2026年3月調査
図をタップ・クリックすると拡大できます。

図1:Sansanの公開調査を基に本サイトが作成。回答者の認識を尋ねた調査で、価格の上昇額や利益改善を測ったものではありません。

同じ調査では、別の回答者である発注側法務担当者143名の87.4%が、取適法への対応を「行っている」と回答しています。契約管理サービスを提供する企業が企画した調査であり、同一取引の発注側と受注側を照合した結果ではありません。

それでも、対応が進む一方で、協議の機会が増えていないと感じる受注担当者も多いという状況は、自社を点検する手掛かりになります。対応済みという社内報告だけでは、取引の変化までは分からないのです。

9月の公取委調査でも、取引の下位段階に課題が残る

より後の状況を確認できるのが、公取委の2026年9月25日公表の石油関連製品等の価格転嫁調査です。6月26日〜7月31日にウェブアンケート・電話調査を実施し、関連設問には47業種の27,622名から回答がありました。

段階別集計では、石油関連コスト全体の「要請受諾率」は次のようになっています。

発注側から受注側への取引段階 要請受諾率
需要者 → 製造業者等 48.9%
製造業者等 → 一次受注者 49.1%
一次受注者 → 二次受注者 49.4%
二次受注者 → 三次受注者以降 45.4%

出典:公取委報告書・図表7、印刷10ページ(PDF10ページ目)。段階別集計N=3,111。要請受諾率は、価格転嫁を求めた金額に対して受け入れられた金額の割合です。値上げに成功した企業の割合ではありません。

途中の段階までは一律に下がっていませんが、三次受注者以降との取引で低くなっています。公取委も、製造業やサービス業で下位段階の転嫁が進みにくい傾向を指摘しています。また、価格協議を申し出ていない事情として、発注者との力関係を挙げる受注者もいました。

これは石油関連コストの調査で、取適法だけの効果を測ったものではありません。それでも、施行後も、交渉のしにくさと負担の偏りが残っていることを考える材料になります。公取委の調査報告書

広告業への71件の指導が示す、対応済みでも残る問題

調査の数字を、実際の仕事の場面に置き換えてみましょう。

公取委と中小企業庁は、2026年2月以降、広告業者と広告制作業者の取引を集中的に調査し、6月29日に71件の指導を公表しました。旧法が適用される取引も含み、この件数だけで全国の違反率や制度の定着度は判断できません。ただ、指導内容からは、どこで運用が止まっているかが分かります。

書類があっても、発注時に条件を伝えていない

口頭で発注し、成果物を受け取る頃になって発注内容を明示していた事例がありました。書類の日付を遡らせていた事例も確認されています。

後から書類がそろっても、作業を始める時点で条件を確認できなければ、受注側は範囲や対価を判断できません。書類の存在と、条件に合意して仕事を始められることは別なのです。

広告主の変更要求を、制作会社が無償で負担する

広告主の意向による変更で、制作会社に責任のない修正を無償で繰り返させた事例もありました。公取委は、変更に要した費用を支払うよう指導しています。

さらに、広告会社と制作会社の間だけでなく、変更を求める広告主にも追加費用が生じ得ることへの理解を求めています。発注の上流まで費用負担の話が届かなければ、制作を担う側に吸収を求める構造が残るためです。

手形をやめても、受注側の現金化が遅れる

手形から電子記録債権へ変更したものの、満期までの期間を維持し、支払期日に代金相当の現金を受け取れない事例も確認されました。

形式的に支払手段を変えても、資金繰りの負担が受注側に残れば、制度の目的に届きません。公取委の広告業集中調査

なぜ弱い立場の企業に負担が残るのか

「商慣習」の中で、誰の要求が通りやすいのか

口頭発注や繰り返しの修正を「業界の慣習」と呼ぶだけでは、誰が費用を負担しているかが見えにくくなります。

例えば、広告主が変更を求め、広告会社が追加料金を請求できず、制作会社へ当初の料金のまま修正を依頼する。制作会社がさらに外注していれば、負担がその先へ流れる可能性もあります。次の図は、こうした負担移転を単純化したものです。

発注元の追加要求に対して費用が増えない場合、元請けから受注企業、再委託先や現場へ負担が流れ得る構造
図をタップ・クリックすると拡大できます。

図2:広告業の指導事例を踏まえた概念図。再委託先や従業員への波及は本記事の考察で、調査で確認された全取引の姿ではありません。

取引を継続するかを決められる側と、失注を避けたい側では、要求を断る難しさが違います。受注側が条件を受け入れていても、それだけで負担の公平さが分かるわけではありません。

もちろん、発注側にも予算や採算の制約はあります。しかし、その事情を伝えずに追加作業を求め、下の取引先に負担を吸収させることで採算を維持していないか。そこが、経営として確認したい点です。

最低賃金の価格転嫁と、同じ問題がある

最低賃金が上がって人件費が増えても、販売価格を引き上げられなければ、中小企業の利益が減ります。追加の修正作業も、料金に反映できなければ受注側の利益を削ります。

共通するのは、費用が増える側と、その費用を価格に反映できる側が一致していないことです。

自社で吸収できる余力を超えれば、投資や賃上げを抑える、再委託先に協力を求める、現場の作業負荷を増やすといった圧力につながり得ます。企業間で回収できなかった費用が、働く人にどう波及するかも、経営として考えたいところです。

人件費増に対する自社の利益確保は、最低賃金引き上げへの対応を考えた記事で詳しく整理しています。取適法の記事で問いたいのは、その不足分を取引の弱い側へ流す運用を、どこまで変えられるかです。

中間の企業も「守られる側」と「負担させる側」になる

元請けから仕事を受け、外注先へ発注する会社は、取引ごとに立場が変わります。自社への値上げを断られたからといって、外注先への追加費用も払わなくてよいわけではありません。

法務が契約書を直しても、営業が顧客への追加請求を決められず、制作が修正を断れず、購買が外注費の抑制だけで評価されるなら、費用は内部や外注先へ残りやすいでしょう。

ここは制度条文だけでなく、自社の権限と評価の問題です。取適法への対応を現場担当者の交渉力だけに預けると、負担の押し付け方が変わるだけになりかねません。

取適法への対応を、自社の受発注で機能させるには

契約書より先に、実際の案件を一つ確認する

最初から大きな管理システムを導入するより、最近、修正や追加作業が発生した案件を一つ取り上げると、課題が見えやすくなります。

確認する点 見直しにつながる問い
最初に決めた範囲 受注側は着手前に作業・料金・期限を確認できたか
変更を求めた人 誰の都合で、何が追加されたか
追加費用 見積もり・協議・決裁をしたか。未回収分は誰が負担したか
最終的な支払い いつ、いくらを現金で受け取れる条件だったか

これは、自社の運用を振り返るための点検例です。メール、発注書、変更記録、請求・入金を同じ案件として追える状態が出発点になります。

発注側は、追加費用を判断できる人につなぐ

顧客からの修正を受ける担当者が、追加費用の請求や納期変更を決められなければ、外注先への「お願い」で処理しやすくなります。

例えば、合意した範囲を超える変更が来たら、営業と制作の責任者が費用・納期を判断する。外注先へ作業を頼む前に、追加費用の扱いを協議する。顧客に請求できない場合も、誰がどの予算で負担するかを社内で決める。そうした経路があると、現場が抱え込みにくくなるでしょう。

広告業の調査では、修正回数をあらかじめ条件に含め、超える分は別途協議する方法も示されています。ただし、契約で認めた修正、受注側の不備の修正、発注側の都合による変更は分けて考える必要があります。

値下げ額だけでなく、未払いの負担も見る

外注費を抑えた金額だけで購買を評価すると、無償作業を増やすほど社内では成果に見える可能性があります。営業も、売上と顧客満足だけを見れば、制作や外注先に追加対応を求めやすくなります。

そのため、未精算の追加作業、協議が止まっている案件、支払期日の超過なども、責任者が確認する項目に加えるとよいでしょう。すべてを細かな評価指標にする必要はありません。まず、費用削減として報告された成果の裏で、誰かが負担していないかを確かめることです。

受注側は、追加要求と負担を相談できる形に残す

受注側では、当初の範囲、変更の依頼、増えた工数・費用、価格協議の申し入れと回答を整理しておくと、取引先との協議や外部相談に使いやすくなります。

ただ、記録さえあれば必ず交渉が通るわけではありません。断りにくさが強い取引では、公取委の相談窓口や取引かけこみ寺など、外部への相談も選択肢になります。現場担当者一人で、取引継続と費用回収の両方を背負う状態を避けたいところです。

なお、取適法の対象は取引内容と、双方の資本金または従業員基準で決まります。外注ならすべて対象になるわけではありません。自社の取引の入口確認には公取委の簡易診断が使えます。対象外の場合も、問題がなくなるという意味ではなく、独占禁止法やフリーランス法などを別途確認する余地があります。

取適法の実効性は、負担の行き先で確かめたい

施行初期の調査には改善への動きがあり、行政による指導も行われています。一方、より後の調査や具体的な事例からは、交渉のしにくさと、増えた費用を弱い側へ流す問題が残っています。

取適法に対応したかを確かめるとき、契約書や社内規程がそろったかに加え、追加作業の対価が払われたか、支払期日に現金を受け取れるか、受注側の申し入れに実質的な協議が行われたかを見たいところです。

制度が守ろうとしている企業に、実際に何が残ったか。その視点で一件の取引を振り返ることが、法対応を自社の経営と現場の改善につなぐ一歩になるのではないでしょうか。

参考資料


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