「売上を前年比120%にする」
会社として売上目標を決めても、それだけではマーケティング部門が何をすべきかは決まりません。
売上目標をそのまま受け取り、「Webサイトへのアクセスを増やす」「問い合わせを増やす」「広告を出す」と施策へ進むと、事業目標との関係が曖昧なマーケティング計画になりやすいからです。
最初に確認すべきなのは、現在の営業、商品、顧客、供給体制のままで、どこまで売上や利益を伸ばせるかです。
その見込みと事業目標の差を明らかにし、差を埋めるために何を変えるのか、そのうちマーケティングは何を担うのかを決めます。
言い換えれば、事業のAs-Is(現状)とTo-Be(目標状態)を整理し、その差を誰が、どのように埋めるかを決める作業です。
事業目標
↓
現在の事業構造で達成できる見込み
↓
事業目標との差
↓
差を埋めるために必要な変化
↓
各部門の責任
↓
マーケティングが担う目標
↓
OKR・KPIによる進捗管理
本記事では、この順番で事業目標を実行可能なマーケティング目標へ落とす方法を整理します。
マーケティング目標は事業目標から始める
マーケティング目標を設定する前に、会社として何を実現したいのかを確認します。
事業目標には、売上や利益のような財務目標だけでなく、次のような内容も含まれます。
- 新しい市場へ参入する
- 特定事業を成長させる
- 高収益の商品構成へ変える
- 既存顧客との取引を拡大する
- 特定顧客への依存を減らす
- 販売や提供にかかるコストを下げる
事業目標が定まっていない状態で、マーケティング部門だけが目標を作ることはできません。
例えば、「問い合わせを月100件にする」という数値を決めても、その問い合わせがどの商品、顧客、売上、利益につながるべきなのかが分からなければ、事業としての妥当性を判断できないからです。
売上向上と利益向上では必要な変化が異なる
事業目標を売上と利益の観点から見ると、必要な変化は大きく次の3方向に分かれます。
売上額を増やす
粗利率を高める
必要なコストや工数を減らす
売上を増やす場合は、顧客数、購入回数、継続率、単価などのどこを変えるか考えます。
利益を増やす場合も、コスト削減だけが選択肢ではありません。
- 高粗利商品の販売を増やす
- 値引きへの依存を減らす
- 高価格帯の商品を追加する
- 継続率の高い顧客を優先する
- 受注可能性の低い商談を減らす
- 販売や営業にかかる工数を減らす
こうした変更には、マーケティングが関与できるものと、営業、商品、生産などの部門が中心になるものがあります。
事業計画で行った分析を繰り返さない
マーケティング目標を決めるために、事業計画で行った3C分析やSWOT分析を最初からやり直す必要はありません。
事業計画ですでに顧客、市場、競合、自社の強みや弱みを分析しているなら、その結果をマーケティング計画でも引き継ぎます。
改めて確認するのは、主に次のような差分です。
- 前回の分析から市場が変化していないか
- 顧客の需要や購買行動が変わっていないか
- 新しい競合や代替手段が現れていないか
- 事業計画時の前提が現在も成立しているか
- 今回変更する商品や顧客層に固有の問題がないか
2025年版中小企業白書でも、自社の経営資源とターゲット市場の双方を分析することが、優れた経営戦略につながる可能性が示されています。ただし、必要なのは分析表を作ること自体ではなく、分析結果を経営計画の運用や見直しへつなげることです。2025年版中小企業白書「経営戦略」
4Pは変更対象を限定して使う
4Pは、商品・サービスをどのように市場へ提供するかを考える際に有効です。
ただし、マーケティング施策を検討するたびに会社全体の4Pを作り直す必要はありません。
次のような変更がある場合に、対象を限定して使います。
- 新商品を発売する
- 高価格帯商品を追加する
- 値上げする
- 新しい顧客層へ展開する
- アップセルやクロスセルを強化する
- 店舗中心からECへ移行する
- 新しい販売チャネルを追加する
フレームワークを埋めることが目的になると、事業計画とマーケティング計画で同じ分析を繰り返すことになります。
マーケティング計画で必要なのは、会社全体をもう一度分析することではありません。事業目標との差を埋めるために、何を変えるのかを判断することです。
現在の事業構造でどこまで達成できるか確認する
売上目標が決まったら、すぐに不足分をマーケティング部門へ割り当てるのではなく、現在の事業構造でどこまで到達できるかを見積もります。
現在の営業・販売体制で増やせる売上
まず、営業、店舗、EC、プロダクト、代理店など、顧客の需要を実際の売上へ変える機能を確認します。
- 営業担当者は何件の商談を処理できるか
- 現在の商談数を増やさなくても受注率を改善できるか
- 営業人員を増やせるか
- 代理店や販売店による拡大余地があるか
- ECやプロダクト内の購入率を改善できるか
マーケティングが商談を増やしても、営業が対応できなければ売上にはなりません。
既存顧客から見込める売上
売上目標のすべてを新規顧客で達成しようとすると、必要な獲得数や費用が非現実的になる場合があります。
既存顧客についても、次の可能性を確認します。
- 契約や購入の継続
- 購入頻度の増加
- 上位商品へのアップセル
- 関連商品のクロスセル
- 利用部門や利用人数の拡大
- 休眠顧客の再開
商品と供給体制の上限
売上を増やせる見込みがあっても、商品やサービスを提供できなければ計画は成立しません。
- 生産能力を増やせるか
- 在庫や仕入れに制約がないか
- 導入・納品・サポートの人員が足りるか
- 品質を維持できるか
- 売上増加によって顧客対応が悪化しないか
マーケティング目標は、こうした事業上の制約を無視して設定できません。
事業目標と現状予測の差を明らかにする
現在の事業構造で達成できる見込みを確認したら、事業目標との差を算出します。
事業目標として必要な売上・利益
- 現在の事業構造で達成できる見込み
= 埋める必要がある差
例えば、年間売上を8,000万円増やすことが事業目標だとします。
既存顧客、現在の営業体制、確定している商品計画によって3,000万円の増加を見込めるなら、残る差は5,000万円です。
売上増加目標:8,000万円
現状の事業構造で見込める増加:3,000万円
埋める必要がある差:5,000万円
重要なのは、この5,000万円をそのままマーケティング目標にしないことです。
マーケティングは、売上を作る事業機能の一つです。商品、価格、営業、供給体制、既存顧客への対応など、ほかの機能が担う変化も考えなければなりません。
目標との差を埋めるために何を変えるか
次に、差を埋められる変更要素を洗い出します。
新規顧客を増やす
新しい顧客を獲得する方法です。
対象顧客、必要顧客数、顧客単価、受注までの期間、営業の処理能力を確認します。
既存顧客の売上を増やす
継続、追加購入、アップセル、クロスセルなどによって売上を増やします。
新規顧客より獲得費用を抑えられる可能性がありますが、対象となる顧客数や追加需要には上限があります。
単価や商品構成を変える
値上げ、高価格帯商品の投入、高粗利商品の販売強化などによって、顧客数を大きく増やさずに売上や利益を伸ばす方法です。
一方で、値上げによる顧客離れや販売数量の減少も検討する必要があります。
営業の生産性や受注率を高める
商談数を増やすだけでなく、既存の商談を売上へ変える効率を改善します。
- 対象顧客を絞る
- 営業資料や事例を整備する
- 提案内容を標準化する
- 見込みの低い商談を減らす
- 営業へ必要な顧客情報を渡す
これらにはマーケティングが支援できる部分があります。
新商品や高価格帯商品を投入する
既存商品だけでは目標へ届かない場合、新しい商品やサービスが必要になることがあります。
ただし、商品が完成していない状態で、マーケティングだけに売上目標を設定しても達成できません。商品開発、価格、供給、営業との共同目標として扱います。
コストや業務工数を減らす
利益向上が目的なら、原価、販促費、営業工数、外注費、ツール費などを見直します。
ただし、コスト削減によって売上、顧客体験、品質が悪化する可能性も確認します。
変更案の実現可能性を比較する
変更案を出したら、期待効果だけでなく、実現可能性を比較します。
| 確認項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 売上・利益 | どの程度の増加を期待できるか |
| 人員 | 実行できる担当者がいるか |
| 能力 | 必要な経験やスキルがあるか |
| 期間 | 効果が現れるまで何か月かかるか |
| 費用 | 広告費、人件費、制作費、外注費等はいくらか |
| 制約 | 営業、商品、供給、システムに上限がないか |
| リスク | 未達や失敗の場合に何を失うか |
| 代替案 | 想定どおり進まない場合に何を変えるか |
この比較によって、事業目標との差をどの変更によって埋めるかを決めます。
詳細な予算の算定は、別記事「マーケティング予算の決め方」で解説します。
マーケティングが担う目標を決める
変更案が決まったら、部門ごとの責任を整理します。
| 必要な変化 | 主に担う部門 | マーケティングの役割 |
|---|---|---|
| 新規顧客を増やす | マーケティング・営業 | 対象顧客と商談機会を作る |
| 受注率を上げる | 営業 | 事例、資料、顧客情報で支援する |
| 高価格帯商品を販売する | 商品・営業 | 顧客、価値、訴求を設計する |
| 既存顧客の売上を増やす | 営業・CS | 対象抽出と需要形成を支援する |
| 供給コストを下げる | 生産・業務部門 | 顧客や売上への影響を確認する |
問い合わせ数やアクセス数を増やすことが、必ずしもマーケティングの最適な目標とは限りません。
例えば、高価格帯商品の売上を増やすなら、大量のアクセスより、対象企業から適切な商談を作ることのほうが重要です。
一方、商品に競争力がない、供給能力が不足している、営業が商談へ対応できないといった問題は、マーケティングだけでは解決できません。
マーケティングがどの成果に責任を持ち、どこから先を他部門と共同で担うのかを明確にします。
決めた目標をOKRで数値管理する
マーケティングが担う目標を決めたら、達成したと判断する条件を数値化します。
その方法の一つがOKRです。
OKRは、事業目標とは別の目標を新たに作る手法ではありません。すでに決めた事業目標や部門目標について、実現したい状態をObjective、達成したと判断する条件をKey Resultsとして管理します。
Atlassianは、OKRを組織・チーム・個人の目標を接続し、優先事項と進捗を明確にする仕組みとして説明しています。Atlassian「Objectives and Key Results」
Microsoftも、組織の戦略的優先事項とチームの目標を接続し、定期的に進捗を確認するための仕組みと位置づけています。Microsoft Viva Goalsの概要
例えば、高価格帯商品の販売を増やす場合は、次のように設定できます。
Objective
高価格帯商品の対象顧客を開拓し、利益率の高い売上構成へ変える
Key Results
・高価格帯商品の新規売上を2,000万円増やす
・対象企業から有効商談を30件創出する
・高価格帯商品の商談化率を15%から25%へ上げる
Objectiveで実現したい状態を示し、Key Resultsによって達成条件を数値で確認します。
OKRとKPIを混同しない
OKRとKPIは、どちらも数値管理に使われますが、役割が異なります。
| 種類 | 役割 | 例 |
|---|---|---|
| Objective | 実現したい状態 | 高価格帯商品の対象市場を開拓する |
| Key Result | 達成したと判断する条件 | 新規売上を2,000万円増やす |
| KPI | 状態や途中経過を確認する指標 | 商談数、商談化率、受注率 |
| 活動 | 目標のために実行すること | 記事制作、広告、セミナー |
「記事を20本公開する」「広告を3回出す」といった活動量だけでは、事業目標へ貢献したかを判断できません。
活動によって商談、受注、売上などがどのように変化したかを確認する必要があります。
SMARTで目標の曖昧さを確認する
SMARTは、決めたマーケティング目標が具体的で管理可能かを確認するために使えます。
確認したいのは、主に次の点です。
- 対象となる商品や顧客が明確か
- 達成条件を数値で確認できるか
- 期限が決まっているか
- マーケティングが影響できる目標か
- 事業目標との関係を説明できるか
- 現在の人員、予算、期間で実現可能か
SMARTを使って事業目標を作り直すのではありません。すでに決めたマーケティング目標に曖昧な部分がないかを確認します。
事業目標からマーケティング目標を設定する例
ここまでの流れを、一つの例で整理します。
1.事業目標を確認する
営業利益を増やすため、年間売上を8,000万円増やす
2.現状の事業構造で達成できる見込みを出す
現在の営業体制と既存顧客によって見込める売上増加:3,000万円
3.目標との差を算出する
8,000万円-3,000万円=5,000万円
4.差を埋める変更へ分ける
高価格帯商品の販売:2,000万円
新規顧客の獲得:2,000万円
既存顧客の追加購入:1,000万円
5.マーケティングが担う範囲を決める
- 高価格帯商品の対象顧客を特定する
- 顧客へ提供する価値と訴求内容を設計する
- 新規顧客から商談機会を作る
- 既存顧客への追加提案を支援する
- 営業資料、事例、Webサイトを整備する
6.OKRとKPIで管理する
Objective
高価格帯商品の対象市場を開拓する
Key Result
高価格帯商品の新規売上を2,000万円増やす
KPI
有効商談数、商談化率、提案数、受注率
この流れであれば、事業目標とマーケティング活動の関係を説明できます。
マーケティング目標を決めるための確認表
| 段階 | 確認すること |
|---|---|
| 事業目標 | 会社として何を変えたいか |
| 売上・利益目標 | 金額と期限が明確か |
| As-Is | 現在のままでどこまで到達できるか |
| To-Be | いつまでに、どの状態を実現するか |
| ギャップ | 埋める必要がある差はいくらか |
| 変更要素 | 顧客、単価、商品、営業、コストの何を変えるか |
| 実現可能性 | 人員、能力、期間、費用は現実的か |
| 責任範囲 | マーケティングはどこを担うか |
| OKR | 実現したい状態と達成条件は何か |
| KPI | 途中経過を何で確認するか |
| 見直し | 誰が、いつ、計画を更新するか |
まとめ:As-IsとTo-Beの差からマーケティング目標を決める
マーケティング目標は、事業目標からアクセス数や問い合わせ数へ直接逆算して決めるものではありません。
最初に事業のAs-IsとTo-Beを整理します。
To-Be:事業目標として実現したい状態
-
As-Is:現在の事業構造で到達できる状態
=
埋める必要があるギャップ
次に、そのギャップを埋めるために、顧客、商品、単価、営業、供給体制、コストの何を変えるかを決めます。
そのうちマーケティングが担う変化を明確にしたものが、マーケティング目標の大本です。
最後にOKRで達成条件を数値化し、KPIで途中経過を確認します。
事業目標
→ As-IsとTo-Beの整理
→ ギャップの特定
→ 必要な変更
→ 部門ごとの責任
→ マーケティング目標
→ OKR・KPIによる管理
マーケティングが担う目標と必要な変化を決めたら、次に検討するのは予算です。
事業目標からマーケティング予算を算定する方法では、必要な顧客数、CV数、CPAを算出し、広告、制作、人員、外注、ツールなどの費用を積み上げる手順を解説しています。


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