「夏休みに佐渡ヶ島へ行きたい」
そう親へ頼む小学生が増えているといいます。
きっかけは、佐渡市出身の動画クリエイター、けえ【島育ち】さんのYouTube動画です。「サードーガーシーマ!」という掛け声や踊り、佐渡での暮らしを題材にした動画が子どもたちへ広がり、親がよく知らなかった佐渡へ、子どもの希望で家族が訪れるようになりました。
元になった報道で、佐渡観光交流機構の担当者は、正確な集計ではないとしながらも、来島者の1割弱程度がこの動きに関連しているとみています。
YouTuberの「好き」に共感したファンが現地を訪れること自体は、推し活では珍しくありません。佐渡の事例が特徴的なのは、動画に共感した子どもと、実際に旅行を購入する親が別であることです。
しかも、最初から子ども向けの旅行商品が企画されたわけではありません。佐渡への「好き」が動画になり、子どものファンが生まれ、親が動き、その後にイベントやツアー、モデルコースが整えられました。
本記事では、佐渡の来島者データや国内世界遺産の事例も確認しながら、旅行商品から始まっていない観光需要が、どのように家族旅行へ変わったのかを分析します。YouTubeを起点とした地方創生・観光マーケティングの成功事例として、他地域が参考にできる点も整理します。
- 小学生の「佐渡へ行きたい」が家族旅行を生んだ観光マーケティング事例
- 佐渡ヶ島の観光客数は増加|約30年で半減した来島者を観光が支える
- 一般的な地方創生と佐渡ヶ島では、観光マーケティングの順番が違う
- 佐渡のYouTube発信は、どのように子どもへ広がったのか
- 推し活×地方創生|佐渡ヶ島のYouTube事例が面白い理由
- 子どもの購買影響力が、親の承認を経て家族旅行に変わった
- YouTuber・自治体・観光事業者の活動が自然につながった
- 世界遺産登録後に佐渡の観光客はどう増えたのか
- 世界遺産とYouTubeが、異なる観光需要を生んでいる
- 子どもの「佐渡が好き」は、長期的な地域ブランディングになる
- 地方創生マーケティングで他地域が参考にできること
- まとめ|佐渡ヶ島の地方創生は、観光商品より「好き」が先に生まれた
- 参考資料
小学生の「佐渡へ行きたい」が家族旅行を生んだ観光マーケティング事例
けえさんの動画が広がるまで、小学生や中学生が自分から「佐渡へ行きたい」と言い出すことは、ほとんどなかったといいます。
ところが現在は、親が佐渡をよく知らなくても、子どもに頼まれて家族で訪れる例が現れています。船内では「I LOVE 佐渡」のTシャツを着た子どもが見られ、佐渡おけさの笠をかぶる子どももいるそうです。
2024年3月の「佐渡ヶ島フェス2024」には、公式発表で約2,000人が来場し、約900人が島外から訪れました。新潟県観光協会の現地記事でも、観光客が集中しにくい3月に多くのファンが海を渡ったことが紹介されています。
けえさんと佐渡を巡る親子向けバスツアーも企画され、各回ほぼ完売しました。イベントをきっかけに再び佐渡を訪れる家族や、参加者同士のファングループも生まれています。
これは、動画の再生数が増えたという話だけではありません。子どもが動画を楽しみ、佐渡を好きになり、親へ「行きたい」と伝えたことで、デジタル上の反応が家族単位の移動と観光消費へ変わっています。
佐渡ヶ島の観光客数は増加|約30年で半減した来島者を観光が支える
今回の動きを理解するには、直近のニュースだけでなく、佐渡を訪れる人の長期的な変化を見る必要があります。
佐渡観光交流機構の「2025年度 来島者動態調査分析業務報告書」によると、1994年の来島者数は約114万4,000人でした。その後は長期的に減少し、2014年には約50万9,000人、2019年には約49万8,000人となっています。
2020年にはコロナ禍によって約26万1,000人まで減少しましたが、2025年には49万9,093人となり、直近のコロナ禍前水準まで戻りました。

2025年の約50万人という数字だけを見ると、2019年の状態へ戻ったように見えます。しかし、来島目的を分けると、中身は大きく変わっています。
帰省・ビジネスの減少を観光が補っている
目的別集計はクルーズ船を除くため、来島者総数とは若干異なります。
2019年から2025年にかけて、ビジネス、帰省、その他を合わせた来島者は、約25万7,000人から約17万8,000人へ、およそ31%減っています。一方、観光目的の来島者は約23万8,000人から約31万9,000人へ増加しました。

来島者全体はほぼ同じでも、佐渡へ来る理由は観光中心へ変わっています。
観光も同じように減っていたら、来島者は30万人台だった
仮に観光客も、観光以外の来島者と同じ31%程度減っていたとします。
2019年の観光客 約23万8,000人 × 約69%
= 約16万4,000人
約16万4,000人 + 2025年の観光以外 約17万8,000人
= 約34万2,000人
減少率を20%としても、合計は約36万8,000人です。観光も他の来島目的と同じ方向へ動いていた場合、2025年の来島者は30万人台にとどまった可能性があります。
これは将来を予測した数字ではなく、観光需要が来島者全体をどの程度支えているかを見るための単純試算です。
佐渡の観光客が増えた背景には、世界遺産登録をはじめ複数の要素があります。その中へ、子どもの「行きたい」から始まる新しい家族旅行も加わっています。
一般的な地方創生と佐渡ヶ島では、観光マーケティングの順番が違う
一般的な観光誘致では、地域が持っている観光資源を確認するところから始まります。
佐渡であれば、佐渡島の金山、トキ、たらい舟、自然、食、文化、体験型アクティビティーなどが考えられます。その魅力を旅行商品やキャンペーンにまとめ、旅行を検討している人へ伝えます。
この方法が間違っているわけではありません。ただし、旅行者は佐渡だけを見ているわけではなく、数多くの国内外の旅行先と比較します。広告を見てもらえても、「いつか行ってみたい」で終わることもあります。
佐渡で起きたことは、この流れとは異なります。

注目したいのは、自治体や観光組織がイベント、ツアー、モデルコースを整えるまで、「旅行」がほとんど登場しないことです。
子どもは、複数の旅行先を比較して佐渡を選んだわけではありません。動画を楽しみ、けえさんや佐渡を好きになった結果、その場所へ行きたくなっています。
「どこへ旅行しようか」ではなく、「けえさんのいる佐渡へ行きたい」という指名に近い需要です。旅行市場の外側で育ったため、最初から他の旅行先との価格や施設数の比較にさらされにくい強さがあります。
佐渡のYouTube発信は、どのように子どもへ広がったのか
けえさんは、最初から子ども向け観光マーケティングを設計していたわけではありません。
本人へのインタビューによると、当初は佐渡を題材にした動画を投稿していましたが、思うようには伸びなかったそうです。弟から寸劇を提案され、2022年7月に「超田舎者」シリーズを毎日投稿したことで、チャンネル登録者が増えていきました。
「サードーガーシーマ!」という掛け声も、子どもの需要調査から生まれたものではありません。動画としての面白さを試す中で生まれ、子どもたちがまねするようになりました。
佐渡の不便さまで動画の個性に変えた
一般的な観光PRでは、地域のよい部分を選び、分かりやすく見せようとします。
けえさんの動画では、佐渡の自然や食だけでなく、田舎であることや不便さも笑いの題材になります。「超田舎者」という表現も、地域の弱みを隠すのではなく、他にはないキャラクターへ変えています。
地域が作った宣伝文句よりも、地元出身者が自分の言葉で語る「好き」や実感のほうが、視聴者には伝わることがあります。
見る動画から、まねできる遊びへ変わった
子どもたちは動画を見るだけではありません。
- 掛け声をまねする
- 踊りや寸劇をまねする
- 友達同士で話す
- Tシャツや笠を身に着ける
- 動画に登場した場所へ行きたがる
佐渡は、遠くにある観光地ではなく、日常の中で遊べる共通言語になりました。この参加しやすさが、子ども同士の広がりを支えたと考えられます。
推し活×地方創生|佐渡ヶ島のYouTube事例が面白い理由
発信者が自分の好きな場所や商品を語り、その思いに共感したファンが購入・来訪することは、YouTuberやVTuberのマーケティングで見られます。
例えば、志摩スペイン村とVTuberの事例では、施設への好意的な発信をきっかけに、ファン本人が現地を訪れ、来場者や物販売上が増えました。
一般的な推し活では、発信を受けて共感したファン本人が、商品を購入したり現地を訪れたりします。佐渡では、共感した子どもに旅行の決裁権がありません。子どもが親へ希望を伝え、親が費用、交通、宿泊、日程を検討して旅行を購入します。
しかも、訪問先は一つの店舗や施設ではなく、交通と宿泊を伴う離島です。子どもが動画を気に入っただけで、簡単に購入まで進む商品ではありません。
共感する人と決裁する人が違うにもかかわらず、家族全体を島まで動かしたことに、この事例の特徴があります。
子どもの購買影響力が、親の承認を経て家族旅行に変わった
「推しに会いたい」という子どもの希望だけでは、親が数日間の家族旅行を承認するとは限りません。
親は、佐渡までの交通費や宿泊費、仕事と学校の日程、島内の移動方法、家族全員が楽しめるかを考えます。
佐渡には、親側にも旅行を承認しやすい要素があります。
- 佐渡島の金山で歴史を学べる
- トキや自然に触れられる
- たらい舟や体験型アクティビティーを楽しめる
- 自由研究の題材にできる
- 食や景観を親や祖父母も楽しめる
- 家族共通の思い出を作れる
子どもが行きたい理由と、親が費用を支払う理由は同じでなくても構いません。子どもにとっては「けえさんのいる佐渡へ行きたい」という思いが出発点です。親には自然、歴史、文化、教育、家族の思い出という別の価値があり、イベント、交通、宿泊、ツアー、モデルコースが購入しやすい受け皿になります。これらがそろうことで、子どもの希望を家族旅行として承認しやすくなります。
一般的な発想は、観光資源を使って子どもを呼ぶことです。佐渡では、子どもが先に佐渡を好きになり、既存の観光資源が親の承認を後押ししています。
YouTuber・自治体・観光事業者の活動が自然につながった
少なくとも公開されている経緯を見ると、YouTuber、子ども、親、自治体、観光組織、交通・宿泊事業者までを含む全体像が、最初から一つの事業として設計されていたわけではなさそうです。
それぞれの立場と動機も異なります。
- けえさんは、自分の好きな佐渡を面白い動画にした
- 子どもは、地方創生のためではなく動画を楽しんだ
- 親は、地域支援ではなく子どもの希望や家族体験を考えた
- 自治体や観光組織は、生まれた関心を受け止める商品を作った
- 地域事業者は、訪れた家族へ宿泊、食、移動、体験を提供した
誰かが全員へ同じ目的を命じたわけではありません。それでも、けえさんの発信、子どもの共感、親の承認、自治体や観光組織による受け皿、地域事業者による体験提供が、「佐渡へ人を呼ぶ」という方向でつながっています。来島後の家族の思い出や共有は、再訪のきっかけにもなります。
これは、ゼロから設計しようとしても簡単には作れない関係です。佐渡への思いと、それぞれにとってのメリットが無理なく両立したことで、後から見ると一つの美しいスキームになっています。
世界遺産登録後に佐渡の観光客はどう増えたのか
佐渡島の金山は、2024年7月に世界文化遺産へ登録されました。世界遺産登録によって観光客が増えることは、国内の他地域でも確認されています。

各地域で施設入場者、地域来訪者、島への来島者など集計対象が異なります。増加率の優劣ではなく、登録直後の変化とその後の推移を確認するために整理しています。
富岡製糸場では、登録年度に見学者数が約4.3倍になりました。小笠原諸島でも、登録前年の約1万4,000人から、登録翌年には約3万5,000人まで増えています。
一方、登録直後の水準が長く続くとは限りません。富岡製糸場の見学者は、2014年度の約133万8,000人から、2024年度には約36万9,000人となりました。石見銀山も、登録翌年の約81万3,000人をピークに、2023年には約24万6,000人となっています。
国内の登録事例と同様に、佐渡でも世界遺産登録を挟んで観光客の大きな伸びが確認できます。
佐渡の強みは、世界遺産以外の来島理由も同時に育っていることです。
世界遺産とYouTubeが、異なる観光需要を生んでいる
世界遺産は、旅行先を検討している人に佐渡を選ぶ理由を与えます。一方、けえさんの動画は、旅行を考えていなかった子どもの中に「佐渡へ行きたい」という需要を作り、親を動かして家族旅行につなげています。
世界遺産と動画のどちらが観光客を増やしたのか、競わせる必要はありません。入口が複数あること自体に価値があります。
子どもはけえさんやイベントを目的にし、親は世界遺産、自然、食、文化を楽しむ。家族の中でも異なる来島理由を持てるため、誰か一人の目的だけに全員が付き合う旅行になりにくくなります。
また、動画は新しく公開され、イベントやモデルコースも更新できます。世界遺産登録時の話題が落ち着いた後も、新しい子どもが佐渡を知り、新しい来島理由が生まれる可能性があります。
子どもの「佐渡が好き」は、長期的な地域ブランディングになる
子どもを起点とする価値は、現在の家族旅行を一件増やすことだけではありません。
小学生
親と一緒に佐渡を訪れる
↓
思い出・自由研究・友達への共有
↓
大学生・社会人
自分の意思とお金で再訪する
↓
結婚・子育て
自分の家族を連れて訪れる
↓
次の世代
親から佐渡の記憶を受け継ぐ
現在は旅行代金を支払わない子どもでも、将来は自分で旅行先を選べるようになります。子どもの頃に動画を見て、言葉をまねし、実際に家族で訪れた場所は、広告で一度見ただけの観光地とは異なる記憶として残るでしょう。
元記事でも、自由研究で佐渡を調べる子どもの増加や、イベントをきっかけとした再訪、参加者同士のファングループが紹介されています。
新しい商品やブランドは、最初からすべての世代に受け入れられなくても、若い世代に支持され、その世代の成長とともに定番へ変わることがあります。
1980年代に登場したツナマヨおにぎりも、梅、鮭、昆布などが中心だった当時には新しい組み合わせでした。現在では主要コンビニ各社の定番になっています。発売当初の子どもが成長したことだけで定番化したとはいえませんが、新しい好みが世代とともに一般化する例として考えることはできます。
佐渡を子どもの頃から知る世代が増えることは、佐渡を「一度は見たい場所」から「昔から知っている場所」へ変えていく長期的なブランド形成でもあります。
地方創生マーケティングで他地域が参考にできること
ただし、人気YouTuberへ地域PRを依頼するだけで、同じことが起きるわけではありません。
けえさんの発信は、自治体が用意した観光情報を読み上げる広告ではありません。地元出身者としての実感、佐渡への好意、田舎であることも含めた面白さが先にありました。
他の地域が参考にできるとすれば、完成したスキームをそのまま再現することではなく、地域の中ですでに生まれている「好き」や小さな熱狂を見つけることです。マーケティング施策の優先順位を考えるときも、話題の手法を増やす前に、すでに存在する顧客接点や反応を確認することが出発点になります。
自然に生まれた反応を、行政の都合で作り替えない
地域の発信者へ、観光名所や行政メッセージを盛り込むよう求めすぎれば、もともと視聴者が共感していた面白さを失う可能性があります。
発信内容を観光PRへ変えるよりも、実際にどのような人が反応し、何をまねし、どこへ行きたがっているのかを観察するほうが、次に必要な支援を見つけやすくなります。
生まれた需要が止まる場所を支援する
子どもが佐渡へ行きたくても、親が交通、宿泊、島内移動を理解できなければ旅行にはなりません。
そこで、自治体や観光事業者は、需要そのものを作り直すのではなく、需要が購入へ変わる途中の不足を補いました。
- 参加する目的となるイベント
- 親が申し込めるバスツアー
- 宿泊を含む旅行商品
- 動画に登場した場所を巡るモデルコース
- 家族全員が楽しめる観光情報
全体をゼロから設計することは難しくても、地域の中ですでに生まれている「好き」を見つけ、それを奪わず、不足する受け皿だけを追加することはできます。施策から先に考えず、目的、対象者、実行条件をつなぐ考え方は、事業目標から作るデジタルマーケティング戦略でも整理しています。
まとめ|佐渡ヶ島の地方創生は、観光商品より「好き」が先に生まれた
佐渡の来島者数は、1994年の約114万人から長期的に減少し、2019年には約50万人になりました。2025年も来島者全体は約50万人ですが、その中身は変わっています。
帰省やビジネスによる来島が減る一方、観光目的の来島者は約31万9,000人へ増えました。観光が伸びたというだけでなく、人口減少などによって失われた人の移動を、観光が補っています。
世界遺産登録は、佐渡観光にとって大きな追い風です。同時に、佐渡では世界遺産とは異なる来島理由も育っています。
けえさんが佐渡への「好き」を発信し、子どもが共感し、その子どもが親を動かしました。自治体や観光事業者は、生まれた需要を家族旅行として実現できるよう、イベント、ツアー、宿泊、モデルコースを整えました。
観光キャンペーンが佐渡を好きにさせたのではありません。佐渡を好きな人たちの関係が先に生まれ、その関係が旅行という形になりました。
最初から設計することが難しいほど、多くの人の「佐渡のためにできること」が美しくつながった地方創生の事例です。
参考資料
- 佐渡市・一般社団法人佐渡観光交流機構「2025年度 来島者動態調査分析業務報告書」
- ENCOUNT「佐渡ヶ島への観光増、けん引するのは小学生」
- withnews「佐渡ヶ島系YouTuber けえ【島育ち】」インタビュー
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