平均年収487万円でも生活が苦しいのはなぜ?2025年の給与を物価・企業規模・業種別に分析

平均年収487万円でも生活が苦しいのはなぜ?2025年の給与を物価・企業規模・業種別に読み解く記事のアイキャッチ。 マーケティング事例・ニュース分析

平均給与が過去最高になったと聞いても、「自分の周りでは、それほど増えたように感じない」「給料は少し上がったが、生活は楽になっていない」と感じることはないでしょうか。

国税庁が2026年に公表した2025年分の「民間給与実態統計調査」によると、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は486.6万円。前年の477.5万円から約9万円増えています。ニュースの「平均年収487万円」は、この数字を丸めたものです。[1][2]

一方で、企業も原材料費や物流費、人件費の上昇に直面しています。コストが増えるなか、なぜ給与を上げられたのでしょうか。そして、賃上げが進んでいるのに、なぜ暮らしに余裕を感じにくいのでしょうか。

この記事では、企業が賃上げできた背景から始め、2024年と2025年の給与・物価を比較します。そのうえで資本金別、業種別に数字を分解し、平均給与の上昇と生活の実感が一致しない理由を考えます。

  1. 1.インフレ・円安でも、企業が給与を上げられたのはなぜか
    1. コストが増える一方、企業全体の利益は増えていた
    2. 値上げによる収入増が、費用の増加を上回る場合がある
    3. 需要の拡大と海外収益も、利益を押し上げる
    4. 利益が増えなくても、人材確保のために賃上げする企業もある
  2. 2.平均年収は増えたが、2024年から2025年に購買力は上がったのか
    1. 平均給与は約9万円増えたが、物価はそれ以上に上がった
    2. 物価を考慮すると、平均給与の購買力は約1.25%低下
    3. 手取りへの影響は、減税や控除の変更も分けて考える
  3. 3.賃上げは大企業だけなのか?資本金別に平均給与を比較
    1. 資本金別の主要5区分すべてで平均給与は増加
    2. 給与の増加率は、いずれの区分も物価上昇率を下回る
    3. 区分の平均が上がっても、すべての社員が昇給したとは限らない
  4. 4.業種別の平均年収はどう変わったか?給与水準と増減率を比較
    1. 平均年収が高い業種と、大きく増えた業種は異なる
    2. 給与の伸びが物価上昇を上回った業種もある
    3. 3業種の平均年収低下は、理由を分けて読む必要がある
  5. 5.給与が上がった業種・上がりづらかった業種では、何が違うのか
    1. 企業収益と人手不足の両方が、賃上げに関係する
    2. 医療・福祉は、需要があっても価格を自由に上げにくい
    3. 宿泊・飲食は、需要回復や売上増がそのまま利益増につながるとは限らない
    4. 運輸・郵便の平均年収低下には、年齢構成の変化が表れている
    5. 厚労省では医療・宿泊飲食の給与が増加――統計によって結果が違う理由
  6. 6.平均年収が過去最高でも、生活の余裕を感じにくい理由
    1. 賃上げは広がっているが、平均では物価上昇に追いついていない
    2. 自分の給与の伸びや働く業種によって、暮らしの実感は異なる
    3. 生活が楽になったかは、年収の金額と購買力を合わせて考える
  7. 参考資料・集計方法

1.インフレ・円安でも、企業が給与を上げられたのはなぜか

コストが増える一方、企業全体の利益は増えていた

インフレや円安によって仕入れコストが増えれば、利益は圧迫されます。ただし、販売価格や販売量、海外から得る収益も変化するため、企業の利益が一律に減るわけではありません。

財務省の法人企業統計では、金融・保険業を除く企業全体の経常利益は、2024年度に前年度比7.5%、2025年度には8.8%増えています。コスト高と企業全体の増益は、同時に起きていました。[4]

金融・保険業を除く企業全体の経常利益は、2024年度に7.5%、2025年度に8.8%増加

出典:財務省「法人企業統計調査」2025年度。経常利益の前年度比。給与を比較する暦年とは期間が異なります。

経常利益には、本業の営業利益だけでなく、受取利息や配当金などの営業外損益も含まれます。したがって、この数字だけで「国内の商品がよく売れ、すべての会社に賃上げの余裕ができた」とは説明できません。どのように利益が増えたかを分けると、背景が見えやすくなります。

値上げによる収入増が、費用の増加を上回る場合がある

企業が得る利益は、売上から費用を差し引いた残りです。費用が増えても、それ以上に売上が増えれば利益は増えます。

例えば、販売数量が変わらず、価格改定によって売上が増えた会社を考えてみます。次の表は、仕組みを説明するための仮例です。

項目 価格改定前 価格改定後 増減
売上 100 110 +10
原材料費など 50 55 +5
人件費 30 31 +1
その他経費 10 11 +1
利益 10 13 +3

※金額は説明用の共通単位。実在する企業の決算ではありません。

原材料費もその他経費も増え、人件費も引き上げています。それでも、売上の増加10に対して費用の増加が7であれば、利益は10から13になります。すべての費用が販売価格と同じ割合で上がるわけではないため、賃上げと増益が両立することがあります。

もちろん、価格を上げた結果、購入数量が大きく減れば、この計算どおりにはなりません。価格改定後も購入が続き、全体として費用増を上回る収入を得られるかが分かれ目になります。

日銀の2025年4月の展望レポートでは、2024年10~12月の建設業の営業利益増加について、価格転嫁の進展を背景の一つとして挙げています。値上げが利益を支えた事例は、企業統計の分析にも表れています。[5]

需要の拡大と海外収益も、利益を押し上げる

利益を増やす要因は、値上げだけではありません。受注や販売数量が増え、既存の設備や人員で対応できれば、売上の増加ほどには費用が増えない場合があります。

前述の日銀資料では、2024年10~12月に、AI関連需要が堅調だった電気・情報通信機械や、設備投資関連の受注が増えた機械産業でも営業利益が増加したと説明しています。経済全体が一様に好調でなくても、需要が伸びる分野では利益が増えます。[5]

円安の影響も、企業によって異なります。輸入に頼る企業では仕入れ負担が増えますが、外貨で収入を得る企業では、円に換算した金額が増える方向にも働きます。

例えば、同じ100万ドルの収入でも、1ドル140円なら1億4,000万円、150円なら1億5,000万円になります。海外で発生する費用や為替予約などもあるため、差額がそのまま利益になるわけではありませんが、円安はすべての企業に同じ負担を与えるものではありません。

日銀は、2024年10~12月の企業全体の経常利益増加について、円安に伴う営業外収益の増加を主因としています。本業の販売による増益と、海外事業などから得る収益の増加を分けると、コスト高でも利益が増えた背景が理解しやすくなります。[5]

これらは2025年の賃上げを考えるうえでの背景です。2024年末の分析を、2025年通年のすべての増益や個別企業の賃上げ理由へ、そのまま当てはめることはできません。

利益が増えなくても、人材確保のために賃上げする企業もある

一方、賃上げした企業がすべて増益だったわけでもありません。

2025年版中小企業白書の概要では、人手不足を背景に、人材確保のために業績改善を伴わない賃上げも増えていると整理されています。[6]

採用できずに受注を断ったり、既存の社員が退職して事業を回せなくなったりすれば、その損失も大きくなります。利益に余裕がなくても、人を確保するために給与を引き上げる判断が生まれるのです。

「利益が増えたので給与を上げられた企業」と「人材を確保するために給与を上げる必要があった企業」が、賃上げの数字には共に含まれます。 平均給与の上昇だけで、企業全体に十分な余裕ができたとはいえません。

また、企業が価格を上げて得た収入は、購入する側にとっては支出の増加です。企業利益や給与が増えていても、生活費がそれ以上に増えれば、暮らしの余裕にはつながりにくくなります。

2.平均年収は増えたが、2024年から2025年に購買力は上がったのか

平均給与は約9万円増えたが、物価はそれ以上に上がった

国税庁の調査では、平均給与は477.5万円から486.6万円へ、9.1万円増えました。公表値から計算した増加率は約1.91%です。[1][2]

ただし、給与の金額が増えても、そのお金で買える商品やサービスの量が増えたとは限りません。この「どれだけ買えるか」を考えるときに使うのが、購買力という見方です。

総務省の消費者物価指数によると、2025年平均の総合指数は、2024年平均に比べて3.2%上昇しています。[3]

比較項目 2024年 2025年 変化
国税庁の平均給与 477.5万円 486.6万円 +9.1万円、約+1.91%
消費者物価指数・総合 基準となる年 前年より3.2%高い水準 +3.2%

給与も物価も上がっていますが、物価の伸びの方が大きい状態です。平均給与の増加をそのまま「生活に使える余裕が増えた」と読むことはできません。

物価を考慮すると、平均給与の購買力は約1.25%低下

今回の平均給与を消費者物価指数・総合で調整すると、変化は次のようになります。

購買力の変化=(486.6万円 ÷ 477.5万円)÷ 1.032 − 1 ≒ −1.25%

2024年を100とすると、2025年の物価は103.20、平均給与は101.91、物価調整後の給与は98.75

出典:国税庁の平均給与と総務省の2025年平均CPI総合から独自計算。2024年=100。

別の角度から見ると、477.5万円だった給与が物価と同じ3.2%増えるには、約492.8万円になる必要があります。2025年の平均486.6万円は、その水準を約6.2万円下回っています。

これは、平均給与の購買力を前年と比較した金額です。各家庭の赤字額や、税金を引いた後に不足する金額を示すものではありません。それでも、「給料は増えたが、買える量は増えていない」という状況は読み取れます。

ここで計算しているのは、国税庁の平均給与を物価で調整した独自の比較です。厚労省が公表する実質賃金とは、給与の調査対象や計算に使う系列が異なります。数値を紹介するときは、両者を同じ統計として扱わないことが必要です。

手取りへの影響は、減税や控除の変更も分けて考える

生活に使えるお金をさらに詳しく見るなら、税金や社会保険料を引いた手取りも関係します。

2024年には定額減税があり、2025年には所得税の基礎控除や給与所得控除などが見直されました。したがって、この2年間を「税制が変わらなかった」として比較することはできません。[7][8]

制度の変化 内容 手取りを比べる際のポイント
2024年の定額減税 対象者本人や対象となる配偶者・扶養親族について、所得税・住民税を減税 所得や家族構成、税額などで影響が異なる
2025年の所得税改正 所得に応じた基礎控除の引き上げ、給与所得控除の最低保障額の引き上げなど 全員の手取りが同額増える制度ではない

税や社会保険料まで含めた手取りは、本人の給与や加入制度、家族構成などをそろえた比較が必要になります。本記事の購買力分析は、まず額面の平均給与と物価に範囲を絞っています。

その範囲では、2025年の給与増加は、物価上昇を補う水準には届いていませんでした。

3.賃上げは大企業だけなのか?資本金別に平均給与を比較

資本金別の主要5区分すべてで平均給与は増加

「平均給与が増えたのは、一部の大企業が引き上げているからではないか」という疑問もあります。

国税庁の調査を資本金別に分けると、株式会社の主要5区分では、いずれも2025年の平均給与が前年を上回っていました。[1][2]

株式会社の資本金 2024年 2025年 増加額 増加率
2,000万円未満 403.4万円 415.7万円 +12.3万円 +3.05%
2,000万~5,000万円未満 450.6万円 456.8万円 +6.2万円 +1.38%
5,000万~1億円未満 450.7万円 455.2万円 +4.5万円 +1.00%
1億~10億円未満 501.3万円 508.6万円 +7.3万円 +1.46%
10億円以上 673.4万円 691.7万円 +18.3万円 +2.72%

出典:国税庁「民間給与実態統計調査」2024年分・2025年分の調査結果報告、第12表。通年勤務者・男女計。増加率は掲載金額から計算。

資本金10億円以上の区分は、給与水準も増加額もこの5区分で最大です。一方、増加率が最も高かったのは2,000万円未満の区分でした。

給与の上昇は、資本金の大きな企業だけに限られた動きではありません。少なくとも、「大企業だけが上がり、小さな会社の給与はすべて横ばいだった」という説明は、この表には当てはまりません。

なお、ここで使っているのは資本金による区分です。業種や従業員数も使って定められる法律上の中小企業区分とは一致しません。また、個人事業所やその他の法人は、この5区分には含めていません。

給与の増加率は、いずれの区分も物価上昇率を下回る

給与が増えたかどうかに加え、物価に追いついたかを比較すると、見え方が変わります。

資本金別の主要5区分はいずれも平均給与が増えたが、増加率は物価上昇率3.2%を下回った

出典:国税庁の資本金別平均給与、総務省のCPI総合から作成。2024年→2025年。

最も増加率が高かった2,000万円未満でも約3.05%で、物価の3.2%上昇にはわずかに届いていません。ほかの4区分も同様です。

つまり、今回のデータは「大企業以外にも賃上げが広がっている」という面と、「どの資本金区分でも、平均給与の購買力は改善していない」という面を同時に示しています。

「小さな会社でも給料は上がっているのだから、生活も楽になっているはずだ」とまではいえません。給与の上昇と物価の上昇を合わせて見ることで、ニュースと実感の隔たりを説明しやすくなります。

区分の平均が上がっても、すべての社員が昇給したとは限らない

この統計は、同じ人が前年より何円昇給したかを追跡したものではありません。各年に集計された給与所得者の平均を比べています。

例えば、給与水準の高い職種の人数が増えれば、ほかの社員の給与が変わらなくても平均は上がります。年齢構成や雇用形態の割合が変わる場合も、平均値は動きます。

そのため、区分全体では平均が上がっていても、自分の勤務先や自分の給与に変化がないことはあり得ます。「統計では上がっている」と「自分の周りでは実感がない」は、必ずしも矛盾しません。

4.業種別の平均年収はどう変わったか?給与水準と増減率を比較

平均年収が高い業種と、大きく増えた業種は異なる

企業の規模だけでなく、業種によっても給与の動きは異なります。国税庁の業種別データを2024年と2025年で比較すると、14区分のうち11区分で増加し、3区分で減少していました。[9]

業種 2024年 2025年 増減額 増減率
建設業 565.4万円 590.3万円 +24.9万円 +4.40%
製造業 567.6万円 573.0万円 +5.4万円 +0.95%
卸売業・小売業 409.6万円 413.4万円 +3.8万円 +0.93%
宿泊業・飲食サービス業 279.3万円 275.8万円 −3.5万円 −1.25%
金融業・保険業 702.3万円 725.6万円 +23.3万円 +3.32%
不動産業・物品賃貸業 495.5万円 512.5万円 +17.0万円 +3.43%
運輸業・郵便業 487.6万円 482.5万円 −5.1万円 −1.05%
電気・ガス・熱供給・水道業 832.4万円 854.4万円 +22.0万円 +2.64%
情報通信業 659.5万円 681.9万円 +22.4万円 +3.40%
学術研究、専門・技術サービス、教育・学習支援 549.3万円 567.9万円 +18.6万円 +3.39%
医療・福祉 429.0万円 424.0万円 −5.0万円 −1.17%
複合サービス事業 490.1万円 509.5万円 +19.4万円 +3.96%
サービス業 389.1万円 401.7万円 +12.6万円 +3.24%
農林水産・鉱業 347.9万円 393.7万円 +45.8万円 +13.16%

出典:国税庁、各年の統計表第8表。通年勤務者・男女計。業種名は一部短縮。増減率は掲載金額から計算。

2025年の平均給与が最も高いのは、電気・ガス・熱供給・水道業の854.4万円です。ただし、その増加率は2.64%で、給与水準が最も高いからといって、今回の伸びも最大というわけではありません。

伸び率が最大だったのは農林水産・鉱業ですが、この区分は複数の異なる産業をまとめています。13.16%という数字を、農業だけの賃上げ率や、そこで働く人全員の昇給率として読むことはできません。

給与の伸びが物価上昇を上回った業種もある

全国平均では給与の増加が物価上昇に届きませんでしたが、業種別では、建設業の4.40%、情報通信業の3.40%など、3.2%を上回った区分もあります。

業種別の平均給与増減率。農林水産・鉱業が13.16%、建設業が4.40%増加する一方、宿泊・飲食、医療・福祉、運輸・郵便は減少

出典:国税庁の業種別平均給与、総務省のCPI総合から作成。2024年→2025年。

例えば建設業は、全国の物価上昇率で調整しても、平均給与の購買力が約1.17%増える計算です。情報通信業や金融・保険業なども、今回の比較では小幅ながら物価上昇を上回っています。

一方、製造業や卸売・小売業は、平均給与が増えていても増加率は1%前後です。所属する業種によって、給与の伸びと生活費の上昇の差は変わります。

3業種の平均年収低下は、理由を分けて読む必要がある

運輸・郵便、医療・福祉、宿泊・飲食では、国税庁の平均給与が前年を下回りました。

物流や医療は日常生活を支える重要な分野です。宿泊・飲食も、コロナ禍からの回復や訪日客の増加が話題になってきました。それでも平均年収が下がっていると、「需要が弱いのか」「業界全体で給与が減っているのか」と疑問に感じるかもしれません。

この疑問を解くには、企業の利益環境に加え、誰の給与をどのように集計しているかを見る必要があります。実際、次章で紹介する別の賃金統計では、医療・福祉と宿泊・飲食の給与は増えています。

5.給与が上がった業種・上がりづらかった業種では、何が違うのか

企業収益と人手不足の両方が、賃上げに関係する

給与の伸びを考える際には、企業に支払う余力があるかと、人を確保するために給与を上げる必要があるかを合わせて見ると整理しやすくなります。

需要の増加や価格改定が利益につながれば、賃上げの原資を確保しやすくなります。同時に、同業他社との採用競争が強まれば、給与を据え置くことで人が集まらなくなる問題も生じます。

日銀の2026年1月の展望レポートでは、業種別に見て、人手不足感が強いほど賃金上昇率が高いという緩やかな関係が示されています。ただし、建設や医療・福祉では、人手不足だけでは説明できない制度や市場構造の影響も指摘されています。[12]

建設業では、需要に対して人手が足りず、工事の受注残が積み上がる状況が日銀資料で示されています。前述の価格転嫁による増益と合わせると、仕事の需要、収益、人材確保という複数の面から賃上げの背景を考えられます。[5][15]

一方、多層的な下請け構造などを通じて、需要増の恩恵がすべての企業や働き手に同じように届くわけではありません。国税庁の年収増加率4.40%と、日銀が別の給与系列で分析した賃金の動きも、同じ指標ではありません。[12]

したがって、業種別の増減率に一つずつ単純な理由を当てはめるより、収益の増え方、価格を決める力、人材確保の必要性、働く人の構成を分けて考える方が実態に近づきます。

医療・福祉は、需要があっても価格を自由に上げにくい

医療や介護は、必要性が高ければそのまま高い価格で売れるという仕組みではありません。保険診療の価格は診療報酬、介護サービスの多くは介護報酬の制度に基づいて決まります。

そのため、材料費や光熱費、人件費が上がっても、一般の商品と同じように自社の判断だけで価格を引き上げることは難しくなります。需要があっても、収入の伸びより費用増が大きければ、利益は圧迫されます。[12]

厚労省の第25回医療経済実態調査では、医療法人が運営する一般病院の2024年度の損益率は平均−1.0%でした。社会に必要なサービスを提供していることと、経営に十分な余裕があることは同じではありません。[13]

ただし、これは病院経営の厳しさを示す数字です。福祉を含む業種全体の2025年の平均給与が下がった直接原因を、これだけで確定することはできません。賃上げ余力が制約される背景と、今回の年収統計が動いた理由は区別する必要があります。

宿泊・飲食は、需要回復や売上増がそのまま利益増につながるとは限らない

宿泊・飲食の平均年収が下がったからといって、それだけで「コロナ後も需要が回復していない」と判断することはできません。

日本フードサービス協会の会員企業を対象とした2025年の年間調査では、新規店を含む全店の売上は前年比7.3%増えています。その内訳を見ると、客数は2.9%増、客単価は4.3%増でした。[14]

外食の指標 2025年の前年比 読み取れること
売上 +7.3% 調査対象企業の販売金額は増えている
客数 +2.9% 来店・購入の量も増えている
客単価 +4.3% 客数増に加え、単価上昇が売上を押し上げている

出典:日本フードサービス協会「2025年年間結果報告」。会員企業の全店データで、個人店を含む外食産業全体の悉皆調査ではありません。

同協会は、原材料高を背景とした価格改定と、消費者の節約志向の強まりも報告しています。売上が増えていても、その一部が仕入れ負担を補う値上げであれば、利益が同じ割合で増えるわけではありません。

また、宿泊と飲食の事業環境は一様ではありません。訪日客を取り込む宿泊施設と、地域住民の日常利用が中心の飲食店では、需要の変化も価格設定も異なります。国税庁の「宿泊業・飲食サービス業」という一つの平均だけでは、それぞれの事情を切り分けられません。

今回の外食データから確認できるのは、需要の回復とコスト・節約志向の問題が併存していることです。これを、国税庁の年収低下の原因が判明したという説明には使えません。

運輸・郵便の平均年収低下には、年齢構成の変化が表れている

運輸・郵便の年収低下については、国税庁の年齢別データを使うと、もう一段踏み込んで分析できます。

この業種では、通年勤務する給与所得者のうち65歳以上が占める割合が、2024年の約8.6%から2025年の約11.2%へ増えています。年齢層によって給与水準が異なるため、人数の割合が変わるだけでも全体の平均は動きます。[10]

そこで、2025年の各年齢層の平均給与はそのままに、人数の割合だけを2024年と同じにして計算しました。「働く人の年齢構成が前年と同じだったら、2025年の平均給与はいくらだったか」を見る比較です。

運輸・郵便の年齢別データから計算した平均年収は487.55万円から482.49万円へ低下したが、2024年の年齢構成にそろえた2025年の試算値は487.55万円でほぼ横ばい

出典:国税庁の各年の統計表第12表から独自計算。年齢別給与総額と人数を用い、2024年の年齢構成比で2025年を加重平均。図の金額は万円単位で小数第2位に丸めています。

結果は、2024年とほぼ同じ約487.55万円でした。観測された2025年の約482.49万円との差、約5.1万円は、この分解では年齢構成の変化による部分がほぼ全体を占めます。

これにより、少なくとも「燃料費が上がったため、運輸で働く人の給与が一律に下がった」という説明では不十分だと分かります。

ただし、同じ年齢層でも、職種や雇用形態、労働時間などの構成は変わります。この試算は同じ人を追跡した昇給・減給の分析ではなく、年齢構成がなぜ変わったかを証明するものでもありません。

同じ方法で医療・福祉と宿泊・飲食を計算しても、運輸・郵便のように年齢構成だけで減少を説明する結果にはなりませんでした。3業種の平均が下がったからといって、理由まで共通しているとは限りません。

厚労省では医療・宿泊飲食の給与が増加――統計によって結果が違う理由

国税庁だけでなく、厚労省の「毎月勤労統計調査」も見ると、違う動きが確認できます。

2025年確報の月間現金給与総額では、医療・福祉は前年比2.5%増、宿泊・飲食は1.9%増でした。国税庁の平均年収の低下とは、方向が異なっています。[11]

業種 国税庁:平均年収 厚労省:月間現金給与総額・全体 厚労省:一般労働者 厚労省:パートタイム労働者
運輸・郵便 −1.05% −2.0% +0.4% +2.5%
医療・福祉 −1.17% +2.5% +2.1% +2.7%
宿泊・飲食 −1.25% +1.9% +2.4% +3.2%

※すべて2024年→2025年。厚労省は事業所規模5人以上。一般労働者はパートタイム労働者以外を指し、正社員だけの区分ではありません。

この違いは、どちらかの数字を選んで消すべきものではありません。調べている対象が異なります。

国税庁のここでの平均は、民間の給与所得者のうち、1年を通じて勤務した人の年間給与です。厚労省は、5人以上の事業所で働く常用労働者の月間給与を調べています。通年勤務した人だけに限定した集計ではなく、対象規模や標本、集計方法も異なります。[1][11]

さらに、平均給与には労働者の構成が影響します。例えば、一般労働者とパートタイム労働者の給与がそれぞれ増えていても、給与水準の低いパートタイム労働者の割合が増えれば、合計の平均は下がることがあります。これは平均値が動く仕組みの説明であり、今回の国税庁の低下原因をそのまま確定するものではありません。

今回の比較からは、「国税庁の通年勤務者の平均年収は下がった」とはいえますが、「医療や宿泊・飲食の働き手全体が賃下げされた」とは説明できません。対象をそろえた追加の分析なしに、景気後退や特定のコスト増へ原因を結びつけることも難しいでしょう。

一方、厚労省で増加している医療・福祉の2.5%、宿泊・飲食の1.9%も、全体の伸びは全国の物価上昇率3.2%より小さい数字です。統計による違いを踏まえても、給与増が生活費の上昇を十分に補えていないという問題は残ります。

6.平均年収が過去最高でも、生活の余裕を感じにくい理由

賃上げは広がっているが、平均では物価上昇に追いついていない

2025年の平均給与は増えています。資本金別の主要5区分でも平均は上がっており、大企業だけに限られた現象ではありません。

企業側には、価格改定や需要の拡大、海外収益によって賃上げの余地が生まれた会社があります。一方、人材を確保するため、業績改善がなくても給与を上げた会社もあります。

その結果として給与は増えましたが、全国平均の伸びは物価上昇に届きませんでした。企業の増益や賃上げのニュースと、働く人の生活が厳しいという実感は、同時に成り立ちます。

自分の給与の伸びや働く業種によって、暮らしの実感は異なる

業種別には、物価上昇を上回る給与増加が見られた分野もあります。また、業種の平均年収が下がっていても、年齢構成をそろえるとほぼ横ばいになる運輸・郵便のような例もありました。

平均値だけで、すべての人が豊かになった、あるいはすべての人が貧しくなったと決めることはできません。それでも、全国平均や企業規模別の比較から、給与の増加が十分な購買力の改善につながっていない状況は見えてきます。

「周りでは給料が増えたと聞かない」「昇給したのに余裕がない」という声を、単に統計を知らないからだと片付けるのは適切ではないでしょう。働く会社や業種、本人の給与の伸びと、生活費の上昇がどう重なっているかで、実感は変わります。

生活が楽になったかは、年収の金額と購買力を合わせて考える

平均年収487万円という金額は、給与の動きを知るための入口になります。ただ、過去最高という言葉だけでは、そのお金で前年より多くのものを買えるようになったかまでは分かりません。

2025年は、平均給与が増えても、物価の上昇がそれを上回りました。生活に余裕を感じにくい背景は、今回のデータからも読み取れます。

賃上げの広がりを確認することと、その賃上げで暮らしがどれだけ改善したかを確認すること。その両方を見ることで、ニュースの数字と日々の実感をつなげて考えられるのではないでしょうか。

参考資料・集計方法

本記事の給与増減率は、国税庁が千円単位で公表した平均給与を万円へ換算して計算しています。購買力の比較は、その給与増加率を2025年平均CPI総合の上昇率で調整したもので、手取りや個別家計の収支を示すものではありません。資本金別・業種別の比較は同じ人の昇給率を追跡した結果ではなく、年齢構成の調整も記述的な再集計です。小幅な差の統計的な有意性は検定していません。

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