「新規顧客と既存顧客に、マーケティング予算を何対何で配分すればよいか」
予算計画を作る際、このような基準を探したくなるかもしれません。しかし、新規顧客と既存顧客への予算配分は、「新規7:既存3」などの固定比率では決められません。
新規顧客の獲得には広告費などの金銭予算がかかる一方、既存顧客の維持や休眠顧客の再活性化には、マーケティング、インサイドセールス、カスタマーサクセス、営業などの社内工数がかかるからです。金額だけを比べると、既存顧客へ十分な予算を配分しているように見えても、実行する人員が足りないことがあります。
短期的な売上を重視するなら、新規顧客の獲得を止めるのではなく、実績のある新規施策と検証施策を実行可能な範囲で続けながら、既存顧客の維持や休眠顧客の再活性化へ工数を重点配分するのが現実的です。
本記事では、新規顧客と既存顧客への予算配分を、金額と工数の両面から決める方法を解説します。
新規顧客と既存顧客への予算配分は固定比率で決められない
新規顧客と既存顧客のどちらを重視するかは、会社の状況によって変わります。
- 既存顧客だけで事業目標を達成できるか
- 既存顧客の退会や契約終了がどの程度発生しているか
- 再び購入する可能性がある休眠顧客がどの程度いるか
- 新規顧客が売上になるまでにどの程度の期間がかかるか
- 新規顧客の獲得に使える広告費がいくらあるか
- 既存・休眠顧客へ対応できる人員と工数がどの程度あるか
たとえば、前年から大幅な売上成長を求められており、既存顧客による継続購入だけでは目標へ届かない場合、新規顧客の獲得は必要です。
一方で、既存顧客の退会が増えている状態で新規獲得だけを強化しても、新たに獲得した顧客による売上が、失った既存顧客の売上を埋めるだけになるかもしれません。
したがって、最初から新規と既存の比率を決めるのではなく、事業目標と顧客の現状を確認し、それぞれに投入する金額と工数を計算する必要があります。
新規顧客の獲得は既存顧客の維持よりコストがかかる
新規顧客と既存顧客への配分を考える前提として、新規顧客の獲得には既存顧客の維持より多くのコストがかかることを理解しておく必要があります。
新規顧客の獲得には既存顧客の維持の約5倍のコストがかかる
マーケティングでは、新規顧客の獲得には既存顧客の維持の約5倍のコストがかかるという「1:5の法則」が知られています。
既存顧客は、すでに会社や商品を知り、購入や契約を経験しています。再購入や契約継続を促す際に、会社の存在や商品の基本的な価値を最初から説明する必要はありません。
新規顧客の場合は、次のような段階を一つずつ進める必要があります。
会社や商品を知ってもらう
↓
興味を持ってもらう
↓
他社と比較してもらう
↓
問い合わせや資料請求をしてもらう
↓
商談や提案を行う
↓
購入・契約してもらう
広告費だけでなく、コンテンツ制作、Webサイト、営業対応、提案、顧客情報の管理などにも費用と工数がかかります。新規顧客の獲得が既存顧客の維持より割高になるのは、購入までに必要な接点と業務が多いためです。
それでも新規顧客の獲得が必要になる理由
新規顧客の獲得コストが高いからといって、既存顧客だけに予算を使えばよいわけではありません。
既存顧客は、契約終了、事業縮小、担当者の変更、競合への切り替えなどによって一定数減少します。また、会社が前年を大きく上回る売上目標を掲げている場合、既存顧客への追加販売だけでは目標へ届かないことがあります。
まず既存顧客から見込める売上を計算し、事業目標との差を確認します。その差を埋めるために必要であれば、新規顧客を増やさなければなりません。
新規顧客と既存顧客のどちらかを好みで選ぶのではなく、事業目標を達成するために双方が担う売上を分けて考える必要があります。
新規顧客と既存顧客では投入する資源の単位が違う
新規顧客と既存顧客への予算配分を難しくする最大の理由は、主に投入する資源が異なることです。
新規顧客の獲得は金銭予算が中心になる
デジタルマーケティングで新規顧客を獲得する場合、検索広告、SNS広告、動画広告、比較サイト、展示会など、まだ自社を知らない人と接点を作るための費用が必要です。
もちろん、広告の企画や運用、LPの制作、問い合わせ対応にも社内工数はかかります。それでも、新規顧客との接点そのものを増やすには、広告費や出稿費などの金銭予算が大きな制約になりやすいでしょう。
既存・休眠顧客への対策は社内工数が中心になる
既存顧客や休眠顧客は、すでに顧客情報や過去の接点があります。そのため、新規顧客と比べれば、接点を作るための広告費は少なくできます。
一方で、既存・休眠顧客への対策には、次のような業務が必要です。
- 対象となる顧客を抽出する
- 過去の購入、商談、問い合わせ履歴を確認する
- 顧客の状況に合った案内内容を考える
- メールや資料の原稿を作る
- 配信、電話、個別連絡を行う
- 反応を計測して営業へ引き渡す
- 営業が提案や商談を行う
メール配信費やツール費はかかりますが、主な制約は、それらを準備して実行する人の時間です。
インサイドセールスや営業が電話をすれば完結するとも限りません。配信対象の抽出、メール原稿、システム、計測などはマーケティングが担当し、個別対応はインサイドセールスやカスタマーサクセス、提案は営業が担当するなど、複数部門の工数が必要になります。
金額配分と工数配分が逆転する例
次の例では、マーケティングに使える金銭予算を1,000万円、確保できる社内工数を600時間とします。
| 対象 | 予算額 | 金額配分 | 必要工数 | 工数配分 |
|---|---|---|---|---|
| 新規顧客獲得 | 800万円 | 80% | 100時間 | 約17% |
| 既存・休眠顧客対策 | 200万円 | 20% | 500時間 | 約83% |
| 合計 | 1,000万円 | 100% | 600時間 | 100% |
1人日の稼働時間を8時間、1人月を176時間とすると、100時間は約0.6人月、500時間は約2.8人月です。
金額だけを見れば「新規8:既存2」ですが、工数では「新規約2:既存約8」に近い配分です。この例は、新規8:既存2を推奨するものではありません。同じ計画でも、何を基準にするかによって配分比率が逆転することを示しています。
予算会議で金額だけを決めても、既存・休眠顧客へ対応する約2.8人月を確保できなければ、計画は実行できません。新規顧客と既存顧客への配分は、金額と工数を別々に作る必要があります。
デジタルマーケティングで新規顧客を短期獲得するのが難しい理由
新規顧客を増やす必要があるとしても、デジタルマーケティングで単年度の売上を作ることは簡単ではありません。特に、購入や契約までの検討期間が長いBtoB商材では、施策を始めた年度内に売上へ転換できないことがあります。
購買確度の高い検索クエリは母数が少ない
短期的な新規獲得を狙う場合、すでに課題を認識し、商品を比較している人へ接触する方法が有力です。検索広告であれば、購買確度の高い検索クエリへ広告を出すことになります。
しかし、実務では次の問題が起こります。
- 購買確度の高い人が何を検索するのか分からない
- 有効な検索クエリを特定できても検索回数が少ない
- 検索している人が情報収集段階なのか発注直前なのか判別しにくい
- 競合も同じ検索クエリへ広告を出している
検索広告は、すでに存在する検索需要を捉える施策です。予算を増やしても、購買確度の高い人の検索回数そのものを増やせるわけではありません。
広告予算を増やしても獲得数が比例して増えるとは限らない
実績のある広告へ予算を追加すれば、一定の顧客増加は期待できます。しかし、成果の良い配信対象から先に予算を使うため、追加予算では対象を広げることになり、CPAが悪化しやすくなります。
広告予算を2倍にしても、CVや顧客数が2倍になるとは限りません。予算の増額だけで必要な新規顧客数を確保できると考えると、計画と実績の差が大きくなる可能性があります。
広告増額時の平均CPAと追加分CPAの考え方は、中小企業のマーケティング予算の決め方で詳しく解説しています。
BtoBでは獲得したリードが今期売上に間に合わないことがある
BtoB商材では、問い合わせから契約までに、社内検討、比較、稟議、予算確保、契約手続きなどが必要です。
期中に獲得したリードが有望でも、契約が翌年度になれば、今期の売上目標には寄与しません。リマーケティングでサイト訪問者へ再び接触しても、顧客側の検討時期を大幅に早められるとは限りません。
したがって、新規顧客の計画では、CV数だけでなく、顧客への転換率と売上が発生する時期まで確認する必要があります。
魅力の強い新商品がある場合はPRも選択肢になる
例外として、顧客にとって非常に魅力のある新商品や新サービスを期中に発表できる場合は、広報・PRによって新たな関心や検索需要を生み出せることがあります。
ただし、商品そのものにニュース性や明確な魅力があることが前提です。通常の商品を告知しただけで、大量の新規顧客を短期獲得できるわけではありません。
短期的な売上には既存・休眠顧客対策を優先する
新規顧客の獲得が必要でも、今期の売上を作るという点では、既存顧客や休眠顧客への対策の方が成果につながりやすい場合があります。
既存顧客の離脱を防いで売上基盤を守る
新規顧客を獲得する一方で既存顧客が退会すれば、顧客数は増えません。新規顧客の獲得目標を決める前に、既存顧客がどの程度残り、いくらの売上を作るのかを確認する必要があります。
退会や契約終了を完全になくすことはできません。しかし、商品の不満、サポート不足、利用方法が分からない、担当者から連絡がないなど、対応によって防げる離脱もあります。
既存顧客の維持は、新たな売上を作る活動として見えにくいものの、事業目標の土台となる売上を守る活動です。
休眠顧客は新規顧客より再活性化しやすい
休眠顧客には、過去に購入した顧客だけでなく、問い合わせや商談をしたものの、その後の連絡が止まっている見込み顧客も含まれます。
当時は予算や時期が合わなかっただけで、現在は状況が変わっているかもしれません。すでに会社や商品を知っているため、新規顧客と比べて説明すべき内容も少なくなります。
特に短期的な成果を求める場合、まだ接点のない新規顧客だけを追うより、既存顧客の追加購入や休眠顧客の再活性化を組み合わせた方が、売上を作れる可能性は高くなります。
既存顧客対策には部門をまたぐ工数が必要になる
既存・休眠顧客への対策が有効でも、マーケティング部門だけでは完結しません。
マーケティングが対象者を抽出してメールを配信しても、反応した顧客へ誰も連絡しなければ商談になりません。一方、営業が顧客へ電話をしようとしても、対象者の整理や案内資料がなければ、効率的に進めることは難しいでしょう。
既存顧客対策は広告費が少ないため、「低予算で実施できる」と考えられがちです。しかし実際には、複数部門の工数を確保しなければ実行できません。金銭予算だけでなく、誰が何時間使うのかまで計画へ入れる必要があります。
配分を決める前に休眠理由と退会理由を確認する
新規顧客と既存顧客への適切な配分を決めるには、既存顧客がどの程度離れ、なぜ休眠・退会したのかを把握する必要があります。
休眠・退会によって失った売上を把握する
最初に、少なくとも次の数字を確認します。
- 前年期首の既存顧客数
- 前年中の継続顧客数
- 休眠・退会した顧客数
- 休眠・退会した顧客の売上
- 既存顧客による追加購入の売上
- 休眠顧客の再活性化数と売上
新規顧客を100社獲得しても、既存顧客が80社減っていれば、純増は20社です。新規獲得だけをマーケティング成果として見ると、事業全体で何が起きているかを判断できません。
退会によって失っている売上が大きい場合は、新規獲得予算を増やす前に、既存顧客の維持へ工数を配分する方が効果的かもしれません。
営業が持つ個別情報を予算判断に使える形へ整理する
営業担当者は、「担当者が変わって連絡が取れなくなった」「価格を理由に競合へ移った」「導入したが使いこなせなかった」など、個別顧客の事情を把握していることがあります。
しかし、その情報が担当者の記憶や商談メモにとどまっていれば、マーケティング予算の判断には使えません。
個別の理由を集め、共通する傾向を整理することで、次の判断ができるようになります。
- 顧客への案内不足なら、利用促進や情報提供へ工数を使う
- 商品が合わない顧客を獲得しているなら、新規広告の対象を見直す
- 営業からの連絡が止まっているなら、休眠顧客として再びアプローチする
- 価格が主因なら、訴求や商品構成を検討する
休眠理由や退会理由は、既存顧客施策だけでなく、獲得すべき新規顧客を見直す材料にもなります。
予算作成時期を待たず継続的にデータを集める
退会理由を予算作成時にまとめて調べようとしても、担当者の記憶が曖昧になり、顧客へ確認する機会も失われています。
営業部門との関係が良好な時期や、業務に少し余裕がある時期から、理由の収集を始めておくことが重要です。最初から大規模なCRM導入や精密なデータ基盤を前提にする必要はありません。まずは既存データと担当者への確認を使い、傾向を把握できる状態を作ります。
この記事では、配分判断にデータが必要な理由までを扱います。休眠顧客の定義、売上データとの突合、分析指標などは、顧客・売上計測のテーマとして別の記事で詳しく扱います。
新規顧客と既存顧客への予算配分を決める手順
固定比率の代わりに、次の順番で金銭予算と社内工数を積み上げます。
1.既存顧客から見込める売上を試算する
現在の既存顧客がそのまま継続した場合に、来期どの程度の売上を見込めるかを計算します。
単純な顧客数だけでなく、契約単価、継続率、更新時期、追加購入の見込みを反映します。楽観的な継続を前提にせず、過去の退会率も考慮します。
2.休眠・退会による売上減少を確認する
休眠・退会した顧客数と失った売上を確認し、改善できる理由が含まれていないかを調べます。
改善できる余地がある場合は、維持率の向上や休眠顧客の再活性化によって回収できる売上を試算します。
3.既存・休眠顧客へ投入できる工数を確認する
実施する活動と必要工数を、部門別に整理します。
| 主な活動 | 主な担当候補 | 確認する工数 |
|---|---|---|
| 対象顧客の抽出・分析 | マーケティング | データ整理、対象選定 |
| メール・資料の作成 | マーケティング | 企画、原稿、制作、配信 |
| 電話・個別フォロー | インサイドセールス、CS | 連絡、状況確認、記録 |
| 提案・商談 | 営業 | ヒアリング、提案、契約 |
| 効果測定 | マーケティング | 反応、商談、売上の集計 |
既存顧客対策へ200万円を確保しても、必要な500時間を確保できなければ実行できません。金額の前に工数が上限になる場合もあります。
4.新規顧客から必要な売上と獲得数を計算する
事業目標から、既存顧客による売上、維持・再活性化で増やせる売上、営業活動で増やせる売上を差し引きます。残った差が、新規顧客獲得などによって埋める必要がある売上です。
新規顧客等で必要な売上
=事業目標の売上
-既存顧客から見込める売上
-既存顧客の維持・再活性化で増やせる売上
-営業活動等で増やせる売上
必要な売上を平均販売単価で割れば、必要な新規顧客数の目安を計算できます。
事業目標を販売単価や顧客数へ変換する方法は、事業目標からマーケティング目標を設定する方法で解説しています。
5.新規顧客の獲得可能数と必要予算を試算する
過去の広告実績、検索需要、CVから顧客への転換率、獲得から売上までの期間を使い、今期中に獲得できる顧客数を試算します。
ここでは、広告予算を増やした分だけ顧客数が比例して増えるとは考えません。実績のある施策による見込みと、新しく検証する施策による見込みを分けます。
必要な新規顧客数と現実的に獲得できる顧客数に大きな差がある場合、予算配分だけでは事業目標を達成できません。その場合は、販売単価、既存顧客の維持、休眠顧客の再活性化、営業の生産性、商品構成なども含めて計画を見直します。
6.金銭予算と社内工数を別々に配分する
最後に、金銭予算と社内工数を別々の表にまとめます。
金銭予算には、広告費、制作費、ツール費、外注費、販促費などを入れます。社内工数には、マーケティング、インサイドセールス、カスタマーサクセス、営業などが使う時間を入れます。
この二つを分けることで、次のような計画上の問題を発見できます。
- 新規獲得の広告費はあるが、問い合わせへ対応する営業工数がない
- 休眠顧客リストはあるが、メール原稿や配信を準備する工数がない
- マーケティングは配信できるが、反応者を追う部門が決まっていない
- 予算は少ないが、既存顧客対策に必要な工数は非常に多い
配分比率を経営へ提示するときも、「新規8:既存2」と一つの数字だけを出すのではなく、金額配分と工数配分を並べて説明します。
新規施策を続けながら既存・休眠顧客対策を主軸にする
新規顧客と既存顧客のどちらか一方だけを選ぶ必要はありません。
短期的な売上を重視するなら、既存顧客の維持と休眠顧客の再活性化を主軸に置きながら、新規顧客については、実績のある施策と検証する価値のある施策を実行可能な範囲で続けるのが現実的です。
新規顧客の獲得を止めれば、将来の既存顧客が増えません。一方、新規獲得だけに予算を集中すれば、現在の顧客基盤から失われる売上や、比較的短期間で回収できる休眠顧客を見落とします。
重要なのは、曖昧に「バランスを取る」ことではありません。
- 既存顧客で守る売上
- 休眠顧客から回収する売上
- 新規顧客で増やす売上
- それぞれに必要な金銭予算
- それぞれに必要な部門別工数
これらを分けて計算し、事業目標へ届く配分を作ることです。
まとめ
新規顧客と既存顧客へのマーケティング予算配分は、固定比率では決められません。
新規顧客の獲得は主に広告費などの金銭予算を使い、既存顧客の維持や休眠顧客の再活性化は主に社内工数を使います。そのため、金額配分と工数配分を一つの比率で表すと、実行に必要な資源を見誤ります。
配分を決める際は、まず既存顧客から見込める売上、休眠・退会によって失っている売上、既存対策へ投入できる工数を確認します。そのうえで、事業目標との差を埋めるために必要な新規顧客数と予算を計算します。
短期的な売上を重視する場合は、新規施策を一定範囲で続けながら、既存顧客の維持と休眠顧客の再活性化へ工数を重点配分する方法が現実的です。
「新規と既存のどちらへ何%使うか」ではなく、「どの売上を、いくらの費用と何時間の工数で作るか」まで分解することで、実行できるマーケティング予算になります。


コメント