「デジタル人材が足りない」という声がある一方で、「採用ではなく、今いる人材で対応する」という選択をしている企業が、どのくらいあるのでしょうか。
独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)が2025年5月に公表した「ものづくり産業におけるDXと人材育成に関する調査」では、製造業3,313社を対象に、デジタル技術の活用状況と人材確保の方法が調査されました。この調査が示したのは、デジタル技術を活用している企業の多くが「新たな採用」ではなく「社内人材の活用・育成」を選択しているという実態です。
この記事でわかること
– デジタル技術活用企業の人材確保方法と「社内育成5割超」の意味
– 「見える化」「自動化」「最適化」の段階別取り組み状況
– 経営・人事として「自社の状態」を確認する視点
JILPT調査の概要と背景
何が調査され、なぜ今なのか
この調査は、従業員数30人以上の製造業20,000社を対象に、2024年10月1日時点の状況を尋ねたものです(有効回収数3,313社、回収率16.6%)。対象業種は、プラスチック製品製造業から輸送用機械器具製造業まで、日本の基幹産業を構成する11業種に及びます。
調査の背景には、政府が掲げる「三位一体の労働市場改革」とデジタル人材育成の推進があります。しかし、この調査が問いかけているのは「デジタル人材をどう採用するか」ではなく、「今ある人材をどう活用・育成しているか」という視点です。
この問いの設定自体が、製造業における人材確保の実態を映している可能性があります。デジタル人材を外部から採用することが容易ではない環境において、企業がどのような選択をしているのか。その実態が、この調査から見えてきます。
調査データの読み解き
デジタル技術活用企業の人材確保方法
調査では、デジタル技術を活用している企業に対し、「導入・活用に向けた人材確保の方法」を複数回答で尋ねています。その結果、いずれの工程(企画・開発・設計、製造、生産管理、品質管理)でも「社内人材の活用・育成」が5割を超えて最多となりました(P.13 図表2-6)。
一方、「新たに採用(新卒・中途)」を選択した企業は、「企画・開発・設計」工程で22.9%と最も高く、他の工程では10%台前半にとどまっています。この差は何を意味するのでしょうか。
「企画・開発・設計」工程では、デジタル技術の導入・活用に向けた構想や設計が求められるため、外部から専門人材を招く必要性が相対的に高いのかもしれません。しかし、それ以外の工程では「今いる人材」を前提とした対応が主流になっている可能性があります。
社内人材の育成方法の内訳
「社内人材の活用・育成」を選択した企業に、具体的な育成方法を尋ねた結果(P.13 図表2-7)では、OJT(現場での作業の実践を通じた育成)がいずれの工程でも5割を超えています。「企画・開発・設計」工程では、OFF-JT(社外機関での研修・講習会への参加)が56.8%で最も高い割合となりました。
この結果が示すのは、「育成」といっても、工程によって育成の方法が異なるということです。企画・開発・設計では、体系的な知識の習得が重視され、製造・生産管理・品質管理では、現場での実践を通じた習得が中心になっている可能性があります。
また、「シニア(中高年)の人材に対するITの再教育」は、いずれの工程でも3%未満にとどまっています。この数字が低いことが「課題」なのか、それとも「他の方法で対応できている」のか。この調査だけでは判断できませんが、少なくとも「シニア層へのIT再教育」という選択肢が、企業の中で主流になっていないことは確認できます。
「見える化」「自動化」「最適化」の段階別状況
調査では、ものづくりの中心的な4工程(企画・開発・設計、製造、生産管理、品質管理)における取り組み内容を、「見える化(データの収集・蓄積・分析)」「自動化(データによる制御)」「最適化(自動化を踏まえた工程全体の見直し)」の3段階で尋ねています(P.10 図表2-2)。
その結果、「見える化」はいずれの工程でも7割を超えていました。一方、「自動化」は「製造」で49.5%と最も高く、それ以外の工程では3割台。「最適化」はいずれの工程でも2割台から3割台にとどまっています。
この段階別の分布が示すのは、多くの企業がまだ「データを集めて見る」段階にとどまっており、「データで制御する」「工程全体を見直す」という段階には進んでいない可能性があるということです。
「見える化」の段階では、既存の人材でも対応可能かもしれません。しかし、「自動化」や「最適化」に進むためには、より専門的な知識や技術が必要になる可能性があります。人材確保の方法が「社内育成」に偏っている背景には、取り組みの段階が「見える化」中心であることも関係しているかもしれません。
経営・人事への示唆
「社内育成5割超」が示す構造
「社内人材の活用・育成」が5割を超えるという結果は、一見すると「内製化が進んでいる」と評価できるかもしれません。しかし、別の見方をすれば、「外部からの採用が難しい」「採用コストをかけられない」という制約の中での選択である可能性もあります。
この調査では、企業規模別の分析も行われています(P.4 図表1-3、P.5 図表1-5)。その結果、従業員規模が大きいほど、計画的なOJTやOFF-JTの実施割合が高くなっています。つまり、「社内育成」といっても、それを実施できる体制があるかどうかは、企業規模によって異なる可能性があります。
自社が「社内育成」を選択しているとき、それは「戦略的な選択」なのか、それとも「他に選択肢がない状態」なのか。その違いを見極めることは、人材戦略を考える上で重要かもしれません。
今確認できること
この調査結果を自社に引き付けて考えるとき、確認できることがいくつかあります。
ひとつは、「自社のデジタル技術活用は、どの段階にあるか」という問いです。見える化の段階にとどまっているのか、自動化や最適化に進んでいるのか。その段階によって、必要な人材像や育成方法は変わってくるかもしれません。
もうひとつは、「社内育成の方法は、工程ごとに適切に設計されているか」という問いです。この調査では、企画・開発・設計ではOFF-JTが重視され、製造・生産管理ではOJTが中心になっていました。自社の育成方法が、工程の特性に合っているかどうかを確認する余地があるかもしれません。
また、「効果を実感しているか」という視点も重要かもしれません。調査では、従業員の育成・能力開発による経営面・人事面への効果を尋ねており、いずれも6割超の企業が「効果を感じている」と回答しています(P.7 図表1-9、P.8 図表1-11)。自社で行っている育成施策について、同様の実感があるかどうかを確認してみる価値があるかもしれません。
関連する視点として、DX資格でDX人材は測れるのか|採用と育成の現実と判断軸の記事でも整理したように、「どの人材に、どの段階の資格、技術を、どのように習得させるか」という設計の精度が、育成の効果を左右する可能性があります。
まとめ|「社内育成5割超」は何を意味するか
JILPT「ものづくり産業におけるDXと人材育成に関する調査」が示したのは、デジタル技術を活用している製造業の多くが「新たな採用」ではなく「社内人材の活用・育成」を選択しているという実態でした。
この選択が「戦略的なもの」なのか、「制約の中でのやむを得ない選択」なのかは、企業ごとに異なるかもしれません。しかし、少なくとも確認できることがあります。
「自社のデジタル技術活用は、どの段階にあるか」
「社内育成の方法は、工程ごとに適切に設計されているか」
「育成施策の効果を、実感できているか」
これらの問いに答えにくさを感じるとき、人材確保の方法や育成の設計を見直す余地があるかもしれません。
詳細は、独立行政法人 労働政策研究・研修機構「ものづくり産業におけるDXと人材育成に関する調査」(2025年5月9日公表)をご参照ください。
https://www.jil.go.jp/press/documents/20250509.pdf


コメント