「多様な人材を受け入れることは良いこと」——この理念に反対する人は少ないでしょう。しかし、実際に価値観の異なる人と働くことに抵抗を感じる人は、組織の中にどのくらいいるでしょうか。理念への賛同と、日々の実務における感覚のズレは、どこから生まれているのでしょうか。
パーソル総合研究所が2026年4月に発表した「組織のダイバーシティ(多様性)に関する定量調査」では、従業員3,000名・企業人事経営者500名を対象に、ダイバーシティ推進の実態と課題が調査されました。本調査は、単なる施策の実施状況ではなく、現場で生じている「葛藤」「形骸化」「関係性の多様性」という3つの視点から、ダイバーシティ推進の現在地を示しています。
この記事でわかること
– ダイバーシティへの「一般的受容」と「個人的抵抗感」のギャップ
– 施策が「形骸化」する要因と、施策数と効果の関係
– 「属性」「価値観」とは異なる「関係のダイバーシティ」という視点
ダイバーシティ推進における「葛藤」の実態
理念への賛同と、実務における抵抗感
調査によると、「多様な人材が活躍できる社会は、より良い社会だと思う」と答えた従業員は70.6%、「勤務先が多様な人材を積極的に受け入れることは良いことだと思う」と答えた従業員は66.5%でした。一方で、「自分とは考え方や価値観が大きく異なる同僚と一緒に働くのは、ストレスを感じる」と答えた従業員は54.3%に達しています。
つまり、一般的な理念としては賛成していても、実際に価値観が異なる人と働くことには、半数以上が抵抗感を抱いている構造が見えてきます。この「理念には賛成だが、実際には抵抗がある」という状態は、本調査で「ダイバーシティ葛藤派」として類型化されており、全体の39.4%を占めていました。これは、ダイバーシティ推進を「賛同している」層(37.2%)よりも多い結果です。
この葛藤は、頭では理解していても、感情や実務が追いついていない状態を示しているかもしれません。
葛藤を生み出す要因
ダイバーシティへの抵抗感を高める要因を分析したところ、以下の4つが特定されました。
①施策の空回り感(標準化偏回帰係数.302):「自社のダイバーシティの話は、表面的な世間体を整えているだけだと感じる」「効果がない施策が行われ続けている」といった意識です。この要因の影響が最も大きいことがわかりました。
②仕事の不公平感(同.108):「真面目に成果をあげてきた人が正当に評価されていない」「個人の背景によって甘い基準で評価されている人がいる」といった感覚です。
③過剰な気遣い感(同.098):「周囲に気を遣いすぎて本音で話しにくい」「ハラスメントを恐れて当たり障りのない会話しかできない」といった職場の雰囲気です。
④関係性コンフリクト(同.164):「チーム内で対人関係の衝突や緊張を感じる」「メンバー間で個人的な不満や感情的な摩擦が生じる」といった対人関係の問題です。
これらの要因は、ダイバーシティ施策そのものではなく、施策の「受け止められ方」や、職場における「関係性の状態」に関わっています。施策を増やすだけでは、この構造に対応できない可能性があります。
ダイバーシティ施策と「形骸化」の関係
施策数と「空回り感」の関係
調査では、ダイバーシティ施策の数と、従業員が感じる「施策の空回り感」「個人的抵抗感」の関係も分析されています。興味深いのは、施策数が中程度(4〜7個)の場合に、空回り感と抵抗感が最も高くなる「逆U字」の関係が見られたことです。
施策が少ない段階では、そもそも注目されていないため空回り感も低い。施策が増え始めると、現場と会社の間で摩擦が生まれ、空回り感が高まる。さらに施策が多くなると、空回り感は再び低下する——この結果は、「施策を増やせば良い」という単純な関係ではないことを示しています。
施策数が多い企業では、施策が組織に浸透し、制度として機能している可能性がある一方、施策数が中程度の企業では、「やっている感」だけが先行し、現場の実感が伴っていない可能性があるかもしれません。
推進の「目的」に対する認識のズレ
調査では、企業人事・経営層と従業員の間で、ダイバーシティ推進の「目的」に対する認識のズレも明らかになりました。
人事・経営層が最も重視している目的は「従業員エンゲージメント(働きがい)の向上」(20.0%)でしたが、従業員が「自社が最も重視している」と認識している目的は「ハラスメントなど労務リスクの防止」(16.2%)や「企業イメージの向上」(9.8%)でした。
「企業イメージの向上」のために推進していると認識している従業員ほど、「施策の空回り感」が強い傾向も確認されています(44.8%)。一方、「従業員エンゲージメントの向上」や「組織風土の改革」のために推進していると認識している従業員では、空回り感は比較的低い結果でした(24.3%、21.7%)。
推進の「目的」が、現場にどう伝わっているか。その認識のズレが、施策の受け止められ方に影響している可能性があります。
「関係のダイバーシティ」という視点
「属性」「価値観」とは異なる多様性
本調査では、ダイバーシティを3つの視点で捉えています。
①属性のダイバーシティ:年齢、性別、国籍など、見えやすい多様性
②価値観のダイバーシティ:学歴、専門性、スキル、経験、仕事に対する想いなど、見えにくい多様性
③関係のダイバーシティ:仕事における「つながり」と「つながり方」の多様性
「関係のダイバーシティ」は、「どんな人がいるか」ではなく、「人がどのように関わっているか」に着目した概念です。具体的には、以下の4つの要素で測定されています。
- ネットワークの数:相談相手はどの程度いるか
- ネットワークの密度:相談相手同士の関係性はどの程度つながっているか
- コミュニケーションの頻度:会話をどの程度行っているか
- コミュニケーションの豊富さ:様々な種類の会話を幅広く行っているか
この「関係のダイバーシティ」が高い組織では、以下の傾向が確認されました。
- ダイバーシティへの「一般的受容度」が高く、「個人的抵抗感」が低い
- チームパフォーマンスが高い
- イノベーション活動を促進する
- 「はたらく幸せ実感」を高め、「はたらく不幸せ実感」を下げる
つまり、属性や価値観の多様性を高めることと並行して、「関係性のつながり方」を設計することが、ダイバーシティ推進の効果を高める可能性があるということです。
「関係のダイバーシティ」を高める施策
調査では、「関係のダイバーシティ」を高める施策として、以下の4つの方向性が示されています。
①広げる(ネットワークの数を増やす):
– 社内コーチング・キャリア相談制度
– 社員ネットワークの可視化
– オンボーディング・メンター制度
②太くする(会話頻度を増やす):
– 1on1ミーティング
– 仕事に関する情報共有会
– 全社懇親会
③かき混ぜる(会話内容を分散させる):
– 部門横断型の委員会・プロジェクト活動
– 部門横断型の研修
– 社内部活動・サークル活動
④つなげる(知り合い同士をつなぐ):
– イノベーション活動
– 出会う場所の豊富さ
これらの施策は、ダイバーシティ推進施策の「数」ではなく、「関係性をどう設計するか」という視点で設計されています。従来の属性・価値観の多様性を高める施策とは、アプローチが異なることが特徴です。
経営・人事への示唆
このデータが自社に意味すること
本調査が示しているのは、「ダイバーシティ推進は、施策の数や種類だけでは決まらない」ということかもしれません。
従業員の約4割が「理念には賛成だが、実際には抵抗がある」という葛藤を抱えている状態は、施策が現場の実感と乖離している可能性を示しています。特に、「施策の空回り感」が最も強く抵抗感に影響しているという結果は、「やっている感」だけが先行している施策が、逆効果になるリスクを示唆しているかもしれません。
また、「関係のダイバーシティ」という視点は、「どんな人がいるか」だけでなく、「どのようにつながっているか」を設計することの重要性を示しています。この視点は、従来のダイバーシティ推進の議論では十分に扱われてこなかった論点かもしれません。
今確認できること
もし自社でダイバーシティ推進を進めているなら、以下の問いを持つ価値があるかもしれません。
推進の目的は、現場にどう伝わっているでしょうか。経営層が「従業員のため」と考えていても、現場が「企業イメージのため」と受け止めているなら、施策の受け止められ方は変わってくるかもしれません。
施策の数を増やすことが、目的になっていないでしょうか。施策が中程度の段階で、空回り感が最も高まるという結果は、「とりあえず施策を増やす」アプローチに注意を促しているかもしれません。
「関係のダイバーシティ」という視点で、自社の組織を見たことがあるでしょうか。相談相手の数、つながりの密度、コミュニケーションの頻度と豊かさ——これらの視点で、現場の実態を確認してみる余地があるかもしれません。
「仕事の不公平感」「過剰な気遣い感」「関係性コンフリクト」が、どの程度生じているでしょうか。これらの要因は、ダイバーシティ施策そのものではなく、職場の関係性や評価制度の運用に関わる論点です。施策を増やす前に、現場の状態を確認する価値があるかもしれません。
まとめ|ダイバーシティ推進の「壁」は、施策の外にあるかもしれない
本記事では、パーソル総合研究所の調査から、ダイバーシティ推進における「葛藤」「形骸化」「関係性の多様性」という3つの視点を整理しました。
一度確認してみる価値があることがあります。
「施策の数や種類は、現場の実感と一致しているでしょうか」
「推進の目的は、現場にどう受け止められているでしょうか」
「関係のダイバーシティという視点で、自社の組織を見たことがあるでしょうか」
その問いに答えにくさを感じるとき、ダイバーシティ推進の「壁」は、施策の外にあるかもしれません。
詳細はパーソル総合研究所「組織のダイバーシティ(多様性)に関する定量調査」(2026年4月)をご参照ください。


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