リスキリング支援制度を活かすために|一石三鳥になる条件と機能しない構造

リスキリング支援制度に熱心に取り組んでいる組織ほど、ある問題を抱えやすくなることがあります。

制度を整えるほど、利用者が一部の社員に偏っていく。 助成金を活用して育成コストを下げたはずなのに、業務への変化が見えない。 長期休暇中の社員にリスキリングを促したら、思わぬ反発を招いた。

これらは制度の選び方の問題ではないかもしれません。 制度を導入する前に整えるべき設計の問題である可能性があります。

本記事では前半で、個人・企業向けのリスキリング支援制度の概要を整理します。 後半では、支援制度を「生産性向上・内発的動機の形成・育成コスト削減」という一石三鳥にするための設計条件と、機能しない構造を経営視点から整理します。

この記事でわかること

  • 個人向け・企業向けリスキリング支援制度の概要
  • 支援制度を活用しても機能しない構造が生まれる理由
  • 一石三鳥を実現するための設計条件
  • 産休・育休中のリスキリング促進が抱えるリスク

リスキリング支援制度の概要|個人向けと企業向けの主な制度を整理する

個人向けリスキリング支援①|キャリアアップ支援事業

経済産業省が主導する「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」は、リスキリング・キャリア相談・転職支援を一体的に提供する制度です。

認定された事業者が提供する講座を受講し、転職やキャリアアップに成功した場合に、受講費用の最大70%(上限56万円)が補助されます。受講完了で50%、転職後1年間の継続就業でさらに20%が追加補助される仕組みです。

支援の流れは4つのステップで構成されています。キャリアカウンセラーによる相談、実務スキルの習得、転職活動のサポート、転職後のフォローアップです。

対象スキルはIT・DX・データサイエンス・Web・マーケティングなど成長分野が中心で、キャリアアップや転職を検討している在職者・離職者が対象です。

個人向けリスキリング支援②|教育訓練給付制度

厚生労働省が実施する「教育訓練給付制度」は、雇用保険の加入者を対象に、指定された教育訓練の受講費用の一部を給付する制度です。訓練の種類によって給付率が異なります。

専門実践教育訓練(看護師・介護福祉士・MBA・DX人材育成など)は受講費用の最大80%、特定一般教育訓練(情報処理技術者・簿記・介護職員初任者研修など)は40%(上限20万円)、一般教育訓練(IT資格・語学・社会保険労務士など)は20%(上限10万円)が給付されます。

受給資格は、原則として雇用保険の加入期間が1年以上あることが条件です。離職者は離職日の翌日から1年以内に受講を開始することが必要です。

企業向けリスキリング支援|人材開発支援助成金

企業が活用できる代表的な制度が、厚生労働省の「人材開発支援助成金」です。 事業主が労働者に職務関連のスキル習得をさせた場合、訓練費用と訓練期間中の賃金の一部が助成されます。

なかでも「事業展開等リスキリング支援コース」は、新規事業やDX対応のために既存社員に新しいスキルを習得させる際に活用できます。令和4年度から令和8年度の5年間、集中的な支援が行われています。

政府は「人への投資」として5年間で1兆円規模の予算を投じており、企業にとって育成コストを抑えながらリスキリングを推進できる環境が整いつつあります。

支援制度を「使う側」と「設計する側」で見方が変わる

ここで留意が必要な点があります。

支援制度の解説は「どう申請するか」という使う側の視点で語られることがほとんどです。 しかし経営として重要なのは「制度を使った後、組織に何が残るか」という設計する側の視点です。

申請して助成金を受け取ることはできる。しかし社員が取得したスキルが業務に活かされず、生産性が変わらない。 この状態は、制度の問題ではなく、組織の設計の問題かもしれません。


リスキリング支援制度が機能しない構造を経営視点で整理する

支援制度を導入しても利用されない理由

支援制度を整備しても、実際に利用する社員が一部に偏るという状況は多くの組織で起きています。

理由は、人間は必要に迫られない限り、自発的に学び直しに取り組みにくいからです。 制度があることと、社員がその制度を使いたいと思うことは別の話です。

社員がリスキリングに取り組む内発的動機があるかどうか。 その動機が、会社の用意している制度と合致しているかどうか。 取得したスキルを活かせる業務が、組織の中に存在するかどうか。

この三つが揃っていないとき、支援制度は「あるが使われない」状態になりやすくなります。

リスキリングスキルが生産性に寄与しない構造

利用者がいても、生産性が上がらないという問題も起きやすくなります。

構造はシンプルです。 リスキリングでスキルを取得する→取得したスキルが実務・評価に接続されない→生産性が上がらない。

この仕組みは、資格がキャリアアップにつながらない理由|個人の問題より先に見るべき組織の構造で整理した問題と本質的に同じです。

スキルを取得すること自体は問題ではありません。 取得後に「そのスキルを使う業務」「そのスキルが反映される評価」が設計されていないことが問題です。

助成金を使って育成コストを抑えられても、生産性が変わらなければ組織への投資対効果は出ません。 詳しくは資格取得の効果が出ない理由|社員への投資が成果につながらない組織設計の問題でも整理しています。

産休・育休中のリスキリング促進が抱えるリスク

育成コストを抑えたいという経営の意図から、産休・育休などの長期休暇中にリスキリングを促す組織が出てきています。

しかしこのアプローチには、見落とされがちなリスクがあります。

産休・育休中は育児という本来の目的がある期間です。 その期間に会社が業務関連のスキル習得を求めることは、「育児中に会社の都合を押し付けている」という認識につながりやすくなります。

SNSでの拡散、社内の信頼低下、優秀な人材の離職。 本人が任意と感じられない形でリスキリングを促したとき、意図せず炎上につながる可能性があります。

これは制度の良し悪しの問題ではなく、促すタイミングと伝え方の設計の問題です。 長期休暇中のリスキリングを検討する場合、「完全に任意であること」「復職後の活用機会が保証されていること」をセットで設計することが前提になるかもしれません。


リスキリング支援を一石三鳥にするための設計条件

内発的動機・評価接続・活躍の場を先に設計する

リスキリング支援制度を「生産性向上・内発的動機の形成・育成コスト削減」の一石三鳥にするためには、制度を導入する前に三つの設計が必要です。

一つ目は、社員の内発的動機の把握です。 どのスキルに関心があるか、学びを大切にしているか、制度があるから仕方なく参加しているだけではないか。 定量化しにくいですが、この把握なしに制度設計をすると「利用されない制度」になりやすくなります。

二つ目は、取得スキルと評価・業務の接続設計です。 どのスキルを取得したら、どの業務を担えるか。 取得後の評価や処遇にどう反映されるか。 この設計が先にあるとき、スキル取得が業務変化につながりやすくなります。

三つ目は、会社が必要とするスキルの明示です。 経営戦略上どのスキルが必要かを社員に開示することで、社員は「会社が求めていること」と「自分が学びたいこと」を照らし合わせながら選択できます。

「逆算アプローチ」が機能する条件

一石三鳥を実現しやすい設計として、会社が必要とするスキルをリスト化し、その中から社員が取得したいものを選ぶという逆算アプローチがあります。

会社側は必要なスキルを持つ人材を育成できます。 社員側は自分の関心に近いスキルを選べます。 取得者には評価・奨励金が出るため、動機が生まれます。 助成金を活用すれば育成コストも抑えられます。

売上40億円規模・社員80名程度の製造業で「DX推進に必要なITスキルをリスト化し、取得した社員に資格手当と業務機会を与える」という設計を取り入れた場合、制度の利用率と業務への接続率が同時に上がる可能性があります。

この逆算アプローチが機能する前提条件は、取得後の業務機会と評価が実際に設計されていることです。 リストを示しても、取得後に何も変わらなければ、社員の動機は次第に失われます。


まとめ|リスキリング支援制度は「設計次第」で投資にも浪費にもなる

制度を整えてきたのに現場が変わらない。 その感覚は、制度が間違っているのではなく、設計すべき問題が別の場所にある可能性を示しているかもしれません。

リスキリング支援制度は、正しく設計されれば生産性向上・内発的動機の形成・育成コスト削減という複数の効果を同時に生み出せる可能性があります。

しかし内発的動機の把握、評価との接続、活躍の場の設計という三つが揃っていないとき、助成金を使っても組織の実質的な変化には結びつきにくいかもしれません。

もし今日この記事を読んで「自社に当てはまる」と感じたなら、制度の申請より先に確認できることがあります。 「社員がリスキリングに取り組みたいと思う条件が、組織の中に設計されているか」 その問いを持つところから、支援制度が本当の意味で機能し始めるかもしれません。

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